5月21日(木)10時から、今国会6回目の衆議院憲法審査会が開催され、前回に引き続き「緊急事態条項のイメージ案」について討議が行われました。

最初に指摘しておかなければならないのは、この日のテーマが、前回の審査会での新藤義孝与党筆頭理事(自民)の「来週の定例日にもう一度緊急事態条項のイメージについての討論を行ってはどうかと提案したい」との発言を受け、そのとおりに設定されたものであるということです。新藤氏の専横ぶりは目に余りますが、それがまかり通っているのが衆院憲法審の現状です。

今回も批判の材料には事欠かない議論が展開されましたが、その報告に入る前に前回の衆院憲法審の後に持ち上がった出来事を一つ報告し、その重大な意味を指摘しておきたいと思います。

yurusuna

参院の立憲民主党への「イメージ案」の説明を拒んだ衆院法制局と橘幸信氏の「中立性」への疑義

まず、次の2つの記事をお読みください。

立民に説明せず「法制局の意向」 改憲イメージ案、自民が関与否定
『時事ドットコムニュース(時事通信 政治部)』2026年5月19日

立憲民主党の小西洋之憲法調査会長は19日の党会合で、憲法改正を巡り、衆院法制局などがまとめた緊急事態条項の「イメージ案」の説明聴取を、自民党が認めなかったと主張した。これを受け、自民の磯崎仁彦参院国対委員長は立民の斎藤嘉隆国対委員長に電話し、「法制局の意向だ」と関与を否定した。

小西氏は、衆院憲法審査会の与党筆頭幹事を務める自民の新藤義孝氏の指示によるものと訴えた。しかし、新藤氏は記者団の取材に「参院側のことを判断する立場にない」と反論。斎藤氏が、磯崎氏に事実確認を求めていた。

磯崎氏は「法制局から『(イメージ案は)中間的なもので、参院側に説明するに至らない』と相談があり、新藤氏が追認した。自民が主体的に阻んだものではない」と回答した。

これに対し、斎藤氏は20日の参院憲法審幹事会で詳細を明かすよう要請。この後、記者団に「衆院で議論の材料になっている資料の説明を、参院にする必要がないという判断は問題だ」と述べ、法制局の対応を批判した。
 

松山参院会長、合区解消「2年後の参院選までに」 参院自民「改憲実現議連」2回目会合
『産経新聞』2026年5月22日

自民党の参院議員でつくる「憲法改正実現議員連盟」(会長・中曽根弘文憲法改正実現本部長)は22日、国会内で2回目の会合を開いた。…(中略)…
中曽根氏は会合で、改憲の是非を問う国民投票に向けた機運醸成を図るため、各議員らに「地元で集会を開き、国民運動を展開してほしい」と呼びかけた。衆院法制局の橘幸信特別参与らが戦後の改憲論議の過程などについて講演した。…(後略)…
* 引用、ここまで。

これらの記事からわかることは、衆院法制局は参院の立憲民主党の会合(上掲の記事には明記されていませんが他社の報道によれば党の憲法調査会です)から求められた「イメージ案」の説明を拒否する一方で、参院自民党の会合(憲法改正実現議員連盟)では同局特別参与の橘幸信氏が講演を引き受けたということ、つまり自民党の要請には応じ立憲民主党の依頼は断ったということです(注※)。これは一体どういうことでしょうか。衆院の法制局、あるいは橘氏がいくら中立性を強調してもとうてい信じるわけにはいきません。

※ その後5月26日に立憲民主党憲法調査会は橘衆院法制局特別参与から「イメージ案」の説明を受けたそうです。『時事通信』によれば、「橘氏は衆院憲法審査会幹事会からの要請で作成したとした上で『(幹事会側の)了解が得られるまでは通常の議員立法のように他会派への説明は控えていた』と釈明したそうですが、いかにも苦しい言い訳でとても信じられません。

もうひとつ、橘氏の中立性を疑わせる「証拠」を挙げておきます。
橘氏は昨年末に衆議院法制局長を退任しましたが、今年初めすぐに同局の特別参与に就いています。その後いくつかのメディアがインタビュー記事を掲載しており、「国民のしもべという矜持」(『朝日』)とか「法の職人」(『毎日』)とか歯の浮くような見出しを付けてこれまでの仕事ぶりや人物像を好意的に描いているのですが、『産経』の記事(「憲法論議の肝は『偉大なる妥協』 前衆院法制局長・橘幸信氏に聞く」『産経新聞』2026年1月12日)にこんな見逃せない部分がありました。

――1日付で衆院法制局の特別参与に就任した
「憲法と皇室典範を担当するように言われた。憲法については、衆院憲法審査会長や会長代理らから『引き続きやってくれ』と要請もあった」
――昨年12月に約8年務めた法制局長を退任した
改憲のルールを定めた国民投票法の整備など25年にわたり憲法に関わってきた。成果物として改憲の賛否を問う初の国民投票を見たいという気持ちは正直ある」

「初の国民投票を見たい」と広言する人物が衆議院で憲法を担当する最重要のポストに就いていること、しかもそれが憲法審の会長や会長代理、つまり与野党の筆頭幹事の要請によるものであったことをけっして許してはいけないと思います。私たちには今、この体制をすぐにひっくり返せる力量はありませんが、衆院の事務局が標榜する「中立性」を疑え!だまされるな!と声を大にして訴えていきましょう。
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* * * * * * *

続いて傍聴記に進みます。いつものように、最初に各会派の代表1人が7分以内で、続いて発言を希望する委員が5分以内で見解を表明しました。発言者は前半7名、後半5名の計12名でした。
まず、前半の各会派代表の意見を簡潔に報じた『NHK』の記事を転載させていただきます。

衆議院憲法審査会 緊急事態条項イメージ案もとに2回目の討議
『NHK ONE』2026年5月21日

衆議院憲法審査会で緊急事態条項のイメージ案をもとにした2回目の討議が行われ、各党がそれぞれ見解を述べました。

衆議院憲法審査会では、衆議院法制局などが先に作成した、大規模な自然災害や感染症のまん延などを緊急事態と定義し、この際には議員任期の延長や、内閣が法律と同等の効力を持つ「緊急政令」を制定できるなどとした緊急事態条項のイメージ案をもとにした2回目の討議が行われました。

自民党の新藤元経済再生担当大臣は「『緊急政令』などは究極の手段として国家機能を維持し国民の生命・財産を守ろうとするもので、積極的に使うことは想定しなくても当然備えるべきものだ」と述べました。

中道改革連合の国重徹氏は「議員任期の特例を検討する際は乱用の危険を防ぐため、要件を厳格に定めることが不可欠だ。核心部分は憲法に定めるべきでさらなる議論が必要だ」と述べました。

日本維新の会の阿部圭史氏は「イメージ案をもとに一定の結論をまとめていくことが重要だ。条文起草委員会を直ちに常設し条文案の作成に入ることを強く求めたい」と述べました。

国民民主党の玉木代表は「『緊急政令』などに議論を広げると論点が拡散する。議員任期の延長と『合区』解消の2つについて優先的に取り組むことを求める」と述べました。

参政党の和田国会対策委員長は「外国などからの武力攻撃を受けた場合に、国家・国民を守れるのか。9条改正と緊急事態をセットで議論しなければならない」と述べました。

チームみらいの古川政務調査会長は「緊急事態条項の論点整理と並行して国民投票法をめぐる議論にも時間を割くことが議論を建設的に深めることにつながる」と述べました。

共産党の畑野君枝氏は「政治家がすべきは国民が求めていない改憲のための議論ではなく暮らしやなりわいを守るための議論だ」と述べました。
* 引用、ここまで。

この日、上掲の記事では紹介されていない後半の発言者を含めて、あらためて驚かされるような意見はほとんどありませんでした(と感じたのは、私が何度もこのテーマでの各会派の主張を聞かされてきたからであって、初めて聞いた方には「!」や「?」が次々に頭に浮かんできたかもしれません)が、以下、そんな中でも気になった前後半1人ずつの発言を取り上げて論評を加えたいと思います。


うまくいかなかった新藤氏の緊急政令、緊急財政処分テーマ化の目論見

まず、衆院憲法審を強引に取り仕切っている与党筆頭幹事の新藤義孝氏(自民)の意見から。
この日、氏は緊急政令と緊急財政処分を取り上げ、「立憲主義国家として当然に備えておくべきものではないか」と述べた上で、「日本国憲法制定時に日本政府はGHQに緊急政令の規定を設けることを求めたが拒否された」、「本来なら1952年に主権を回復した際に憲法を改正し緊急事態条項を整備すべきだったのかもしれないが、結果として改正は行われず日本国憲法の未完成部分として今日に至っている」と吐露しましたが、いきなり「立憲主義国家として当然」とか「日本国憲法の未完成部分」などと大げさな物言いをされても、根拠不明と言うほかありません。

そして、自ら「緊急事態条項は諸外国でどのように発動されているのか」との問いを発し、「2022年時点で世界の憲法の91%に緊急事態条項が設けられている」と指摘した後、フランスとウクライナの事例を挙げ、「例えばフランス憲法には大統領の緊急措置権と戒厳という緊急事態条項を規定しているが、緊急措置権は1961年にアルジェリア紛争時に発動した一例のみ、戒厳は一度も発動例がない」、「ウクライナでは2022年2月24日、ロシアが侵略を始めた当日に憲法に定められた緊急事態条項のうち戒厳を布告し、現在まで大統領選挙、国会議員選挙は延期され任期も延長されている」と述べましたが、「だから何なんだ」、「一体何が言いたいんだ」という疑問がわくばかりでした。特にフランスの事例は、素直に聞けば緊急事態条項の必要性に疑問を抱かせるものだと思いますし、ウクライナの事例は中国の脅威を煽って大軍拡を進める自民党が本気で戦争を構えているとしか思えません。

いずれにせよ、緊急事態条項の議論を、選挙困難事態における議員任期延長から緊急政令、緊急財政処分にまで一気に広げようとする新藤氏のやり方はあまりにも乱暴であり、この日、維新の会を含めて積極的に賛同する会派はありませんでした。もちろん警戒を怠ることはできませんが、緊急政令、緊急財政処分を衆院憲法審の重要なテーマとして取り上げようという目論見は、今のところ暗礁に乗り上げていると言えると思います。


ようやく聞けた“前”立憲民主党の主張

もう一人取り上げたいのは、後半に発言した中道改革連合副代表の西村智奈美氏です。氏は先の総選挙で立憲民主党から立候補し、いわゆる比例復活ではあったものの当選した数少ない議員の一人です。氏の発言は下記のようなものでした。少し詳しく紹介します。

「自民党は衆議院では圧倒的多数かもしれないが参議院ではそうではない。緊急事態への対応に関しては与野党の枠を超えて衆議院側と意見の開きがある。そもそも現在法制局及び憲法審査会事務局にイメージ案を作成させるような段階ではなかったと私は考えるし、百歩譲っても昨年衆議院法制局から提出された資料『緊急事態条項(国会機能維持)の主な論点(イメージ)』には記載のあった平時も含めた臨時会召集期限、緊急時・平時における解散権制約など多岐にわたる論点が今回は抜け落ちていることに納得がいかない。」

「その上で先週提示された『イメージ案』について幾つかの問題提起をさせていただく。
第一に、緊急事態の際に議員の任期延長が必要との説のほぼ唯一の論拠である選挙の一体性とは何かという問題。憲法的価値が本当にあるのかという指摘がこれまで重要な論点として複数なされてきたが、ここがこの憲法改正が必要かどうかを判断する大きな鍵であり、しっかりとした議論が必要だ。」
「第二に、想定される最も巨大な震災の際にも選挙を実施できない選挙区は限定されるので、選挙全部を延期するような立法事実はないという指摘がこれまで繰り返されてきた。まずは徹底的に選挙制度の強靱化を図り、その上で選挙全部を延期するような立法事実が残るのかを精査すべきだ。」
「第三に、参議院緊急集会が一時的、限定的、暫定的とされている点。これまで緊急集会の権限については様々な指摘がなされてきたし、自民党も2024年8月に参議院緊急集会の権限は原則として国会の権能の全てに及ぶとしており、改めて議論すべきだ。」
「第四に、緊急事態の対象範囲に存立危機事態も含まれるのか。昨年11月、高市総理は法律の限定を逸脱したと思える答弁をしているが、支持率低下のタイミングでの衆議院任期満了選挙を避けるために内閣の恣意的な判断で存立危機事態を認定するとともに、選挙困難事態の認定がなされ選挙が停止され続けるという濫用が懸念される。古今東西自らの政治的な危機を乗り越えるために戦争を始めた指導者は少なくなく、こうした危険はないのか今後も議論させていただきたい。」

「最後に、緊急政令などという国会としておよそ認められない条項が紛れ込んでいることは論外だ。憲法改正してまで議員の任期を延長して国会機能を維持しようという議論と同時に、国会が機能しない場合を想定した議論をすることは論理矛盾ではないか。国民民主党の玉木代表も蒸し返さない方が得策だと発言されているが、通らないことを見越してバッファーとして入れているとすら思えてくる。」

前半で発言した野党筆頭幹事でもある中道の國重徹氏は、相変わらず「本日は仮に議員任期特例を創設するとした場合の広範性要件と長期性要件を中心に問題提起したい」と述べ、新藤氏の敷いた路線に沿って意見表明を始める始末で、私は「またか」とがっかりさせられていたので、この西村氏の発言には正直ホッとしました(よく考えるとこの程度のことをうれしく感じるのはおかしいのですが、それだけ今の衆院憲法審の状況が異常だということです)。

この日の審議は、11時20分頃終了しました。これまでと違って新藤義孝与党筆頭幹事(自民)が次回のテーマを提案しなかったこともあって今後の展開は読みにくいのですが、会期末の7月17日まで定例日の木曜日はまだ8回もやってきますので、予断を持たずに成り行きを監視していきたいと思います。

この日の傍聴者は前回と同じく60人ほどでしたが、途中20人近いグループの方々が入ってきて立ち見をされていました。議場で取材していた記者は終始3人ほどで、最初3台入っていたTVカメラは気がつくと1台だけになっていました。(銀)