5月21日(水)、今通常国会3回目の参議院憲法審査会が2週間ぶりに開催されました。この日は、私の記憶する限りでは衆院を含め憲法審査会で初めて「憲法と現実の乖離」がテーマとされましたが、いつもより20分ほど遅れて13時20分頃始まった審査会は1時間ちょっとで閉会となり、発言する機会を得た委員は8会派の代表各1名プラス3名の計11名だけでした。これは、この日の審査会が10時から12時過ぎまで続いた本会議と15時開始の国家基本政策委員会合同審査会(党首討論)の合間を縫って行われたからで、傍聴者の中には遠くから通っている人も少なくないのに、なぜこんな日に憲法審査会の日程を入れたのかと腹立たしく思いました。

まず、この日の審議について簡潔に報じていた『共同通信』の記事を転載させていただきます。
自民、参院の「合区」解消を主張 憲法審、立・公は同性婚実現訴え
『47NEWS(共同通信)』2025年5月21日
参院憲法審査会は21日、「憲法と現実の乖離」をテーマに自由討議を実施。自民党は、参院選で隣接県を一つの選挙区にする「合区」解消を主張した。立憲民主党や公明党などは、同性婚を認めない民法などの規定を違憲とした複数の高裁判決を受け、同性婚の実現を訴えた。
自民の中西祐介氏は「投票率の低下や無効票の増加といった合区の弊害は明らかだ」と強調。28年参院選での合区解消に向け、議論の加速を呼びかけた。
立民の打越さく良氏は、同性婚や選択的夫婦別姓へ賛成が多数の世論調査を紹介し「望まれる諸制度の実現を先送りすべきでない。認めれば社会の幸せは確実に増える」と述べた。
公明の平木大作氏は、高裁で違憲判決が相次ぐ同性婚訴訟を取り上げ「立法不作為により、個人の尊厳に関わる問題を放置していいはずがない」と指摘。共産党の仁比聡平氏も「特定の家族観を押し付けて当事者を苦しめ続けることは許されない」と同調した。
日本維新の会の浅田均氏は「私立と公立の経済的負担の差は教育の機会平等の理念から乖離している」と力説した。
* 引用、ここまで。
この日の最初の発言者、中西祐介氏(自民)は、上掲の記事にあるように「合区」の解消を主張しましたが、私はこの問題のどこが「憲法と現実の乖離」なんだと思いながら聞いていました。氏は発言の最後の方で「現行憲法における地方自治の規定の規律密度の低さと地方公共団体が果たす役割の重大さという現実は、まさに是正すべき憲法と現実の乖離だ」と述べていましたが、ピンときませんでした。
社民・福島氏「憲法理念が生かされていない中で改憲を言うことは許されない」
続いて、この日「立憲民主・社民・無所属」会派を代表する形で全体の2番目に発言した福島みずほ氏(社民)が表明した意見を、少し長いですが氏の公式サイトから転載させていただきます。福島氏は、この日の発言者が取り上げた多くの問題を的確に整理して論述されていましたので、以下をお読みいただければ、(福島氏の表現を借りれば「枚挙に暇がない」)「憲法と現実の乖離」をめぐる重要な論点が網羅的に把握できるのではないかと思います(ただ、後述するように「天皇制」には触れていません)。ゴシックは引用者。
2025.5.21 参議院 憲法審査会での発言 福島みずほ公式サイト(社民党 参議院議員 比例区)
国会法第102条の6は、各議院に憲法審査会を設け、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査することを目的の一つとしています。
その意味で、本日、憲法と現実の乖離について議論がされることは、憲法審査会の設置目的にまさにかなうものです。
日本国憲法98条は憲法が最高法規であると規定しています。
日本国憲法ができて、例えば民法の親族編相続編が大改正になりました。戦前、民法は妻は無能力者であると規定し、妻は婚姻によりて夫の家に入るとしていました。
しかし、憲法24条が家族の中の個人の尊厳と両性の本質的平等を規定し、家制度は廃止になり、また男女平等になりました。
まさに憲法の威力です。
そして、戦争しないと決めた憲法9条により、専守防衛、海外に武器を売らない、非核三原則、軍事研究はしないなどの原則が積み上がっていきます。まさに憲法を生かしていくという人々の動きが法制度や政策を作ってきました。だからこそ憲法と現実の間に乖離がある時に現実をどう憲法に近づけていくかが重要であり、憲法を現実の方に引きずり下ろすことは本末転倒の憲法を理解しないものです。
日本国憲法99条は天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員は、この憲法を尊重し、擁護する義務を負うと規定をしています。まさに憲法を守らなければならないのは権力者です。
私たち国会議員も憲法尊重擁護義務を持っています。だからこそ、本当に憲法理念を生かしきれているのかということを常に問う必要があります。
憲法改正など憲法を十分に守ってから言えと言いたいです。
憲法改正など憲法を十分に守ってから言えと言いたいです。
ところで、自民党日本国憲法改正草案は、国民に憲法を尊重する義務を課しています。つまり、憲法とは国民が国家権力を縛るものであるのに対し、自民党日本国憲法改正草案は180度回転をさせ、国家権力が国民を縛るものにしているのです。これはもう憲法ではありません。
憲法尊重擁護義務を持つ国会議員は憲法理念を実現するために多大なるエネルギーを注ぐべきであり、憲法理念がまだまだ生かされていない現実の中で、憲法改正を言うことは許されません。
まず、選択的夫婦別姓と同性婚について話します。
NHK日本語読み訴訟判決が述べたように名前は人格権です。結婚をするときに、どちらか一方が必ず改姓しなければならないことは、憲法13条が保障する人格権、個人の尊重と幸福追求権を侵害しています。また、夫または妻となっているものの女性が95% 氏を変えていることは、憲法14条の法の下の平等に反しています。また、一方が必ず結婚改姓を強制されることは憲法24条に反しています。
ところで、5月20日、自民党は公明党に選択的夫婦別姓について今国会では困難であり、650以上の法律や2700以上の政省令の見直しが必要であると説明しました。しかし、打越さく良議員の質問主意書の回答では4つの法律しか改正の必要はありません。間違った認識で違憲状態を放置することは許されません。
同性婚を認めないことは、明確な憲法違反であると5つの高等裁判所が断じました。憲法14条、憲法13条、憲法24条に反していることが理由です。好きになった相手によって、そもそも結婚届を一切出せないのですから、その不利益も極めて甚大です。5つの高等裁判所が違憲と言ったにもかかわらず、国会でまだ同性婚が成立していません。
選択的夫婦別姓と同性婚が認められていないことは、まさに憲法と現実の乖離です。憲法に合致するように法律を変えることで、幸せになる人を増やすことができます。実現できていないことは国会の怠慢です。
家族が崩壊するなどと言って、多くの人が幸せになることを妨害することは、憲法理念を理解せず、憲法尊重擁護義務を踏みにじるものです。憲法と現実の乖離を埋める努力をすることこそ、国会議員はやるべきです。
憲法と現実の乖離と言うのであれば、生存権の規定が国民に保障されていないことは大問題です。
生活保護の基準を引き下げたことに対して、命のとりで裁判が全国で提訴され、勝訴判決が相次いでいます。まさに生存権の侵害です。
訪問介護の報酬を減額したことで訪問介護事業所が倒産をしていっています。これこそ介護を受ける権利の侵害であり、生存権の侵害です。
高額療養費の自己負担額引き上げも生存権の侵害です。
ほとんどすべての憲法学者が集団的自衛権の行使は憲法違反であると言っているにもかかわらず、2014年安倍政権は集団的自衛権の行使を認める閣議決定をし、2015年安保関連法・戦争法を強行成立させました。
安保関連法・戦争法は憲法違反です。
憲法9条をもとに、戦後積み上げられてきた海外に武器を売らない、軍事研究をしないということも破壊されていっています。
2022年12月に閣議決定をした安保3文書の具体化が進められています。
沖縄南西諸島における自衛隊配備とミサイル計画、それが九州にもそして西日本にも全国にも広がり、全国の軍事要塞化が進められています。
戦争のできる国から戦争する国へ。憲法9条破壊が進んでいます。
そして、次々と憲法違反の法律が成立していっています。
現在国会で審議中の学術会議改革法案は、学術会議破壊法案であり、憲法23条の学問の自由を侵害するものです。
小西洋之議員が菅政権のときの6人の任命拒否について内閣法制局の文書の黒塗りを開示するよう求める東京地裁の裁判で勝訴しました。
この黒塗りが開示されることなく法案の審議入りはあり得ません。
憲法の規定が守られないことは枚挙に暇がありません。
憲法53条後段は、いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は召集の決定をしなければならないとしていますが、内閣が臨時会を招集しなかったことが今まで2015年、2017年、2021年など存在しています。まさに憲法を無視し、憲法規範の空洞化を政府自身が作っているのです。
たくさん存在する憲法と現実の乖離を埋めるべく、法律制定、法改正や政策の転換をすることこそ国会に求められています。なすべきは憲法改正ではなく、憲法理念の実現です。憲法を踏みにじっている人たちが憲法改正を言うことなど、言語道断、図々しいにもほどがあると言わざるを得ません。
現実を憲法に合わせ、憲法が保障する基本的人権が生かされる平和な社会を作っていくべきです。
憲法審査会にもその役割が期待されています。
* 引用、ここまで。
「立憲民主・社民・無所属」会派からはもう1人、打越さく良氏が最後に発言し、「憲法と現実が乖離する場合、憲法尊重擁護義務を負う私たち国会議員は現実を憲法に近づけなければならない」と述べた上で、『共同』の記事にあるとおり、選択的夫婦別姓と同性婚の実現を訴えました。
衆院との不一致があらわになった公明党・平木氏の発言
3人目の発言者、平木大作氏(公明)は、『共同』の記事にあるように同性婚の問題を取り上げ、「個人の尊厳に関わる問題は放置する一方で緊急事態における任期延長の議論に専心する姿は、国会議員が自分たちの身分保障に汲々としているようにしか国民の目には映っていないことに私たちは自覚的でなければならない」とまで述べていました。
5月29日付の『共同通信』の記事によれば、「衆院憲法審査会は29日の幹事懇談会で、緊急事態条項の骨子案を自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党と野党系会派“有志の会”が6月12日の幹事会で共同で提示することを申し合わせた」そうですが、記事中の緊急事態条項とは平木氏が苦言を呈した選挙困難事態時における国会議員の任期延長の規定にほかなりません。
このように、公明党は衆院と参院で全面的に見解が食い違っているにもかかわらず、他の改憲勢力と共同で衆院憲法審の幹事会に緊急事態条項の骨子案を提示するというのです。あまりにも無責任であり政党としての体をなしていないと言わざるを得ません。
また、平木氏は、自衛隊の存在は「逐語的に読んだ9条の文言と最も乖離した状態にある」と指摘しながらも、「9条を改変してその存在を明記すべきとの主張は、多大な政治的エネルギーを使うだけでなく、営々と議論が積み重ねられてきた憲法解釈の安定性を揺るがす危険性があり賛成できない」と述べ、「我が国最大の実力組織である自衛隊に対する内閣や国会による民主的統制を確保する観点から自衛隊を憲法が定める統治機構の中に位置づけることについては、検討に値する」との見解を示しました。言うまでもなく自衛隊を憲法上の統治機構の中に位置づけても9条との乖離は解消されませんから、この議論は論理的に破綻していると思います。
改憲派として我が道を行く日本維新の会
4人目の発言者となった浅田均氏(維新)は、「日本国憲法の施行以来、現在に至るまでの時代の変化がもたらした憲法と現実の乖離」として8項目を掲げましたが、全体として焦点のぼやけた(個人的な感想です)発言でした。『共同』の記事では氏が「私立と公立の経済的負担の差は教育の機会平等の理念から乖離していると力説した」とありますが、これは8項目の4つ目、「教育の機会平等と教育格差」のところで氏がサラッと触れただけのことで、「力説した」という印象を受けた傍聴者は皆無だったと思います。
もちろん、浅田氏は改憲派としての主張も行っており、8項目の3番目、「安全保障環境の変化」で、「自衛隊の憲法上の位置づけが明確でないのは不幸なこと」で、「今こそ憲法の理念と現実の乖離を埋める必要がある。そうしないと日本国憲法は日本人を守ることはできない」と、粗雑な(これも個人的な感想です)議論を展開しました。また、7つ目の項目、「グローバル化と国際関係」でも、「9条の平和主義の解釈は、国連憲章や国際的な安全保障環境の変化を背景にし、議論しなおすべきだ」と述べていました。
そして、維新の改憲勢力としての主張を前面に打ち出したのが、審査会の後半で発言した松沢成文氏でした。氏は、「現行憲法の最大の問題点は、国の存続のため必須の条件である国家安全保障と国家緊急事態の対応を定めた条文が欠如していることだ」として、自衛隊を明記し緊急事態条項を加える改憲の実現を訴え、「参院憲法審の停滞を打破するため、まず各会派で緊急事態条項の案を提起し、徹底的に審議して憲法改正原案を作り上げよう」と呼びかけました。
このほか、この日の審査会では、下記の発言がありました。以下、参議院憲法審査会のホームページに掲載されている「発言者及び主な発言項目」から転載させていただきます。
川合孝典氏(国民)
憲法制定時には想定されていなかったデジタル化に対応して個人の尊厳を守り続けるための基本理念として、憲法13条に定める個人の尊重をサイバー空間へ拡張する必要があり、その上で各論的な人権保障規定として、14条関係では遺伝的属性による差別の禁止、18条関係では情報自己決定権の保障の追加を検討することなどが挙げられる。
プラットフォーム提供者が言論空間のみならず経済活動分野においても甚大な影響力を有している現状に鑑み、憲法21条に熟議可能な言論空間の確保規定を追加することや、プラットフォーム提供者の責務やその環境整備に関する国の責務に関する規定を22条に追加することが検討されるべきである。
デジタル時代の民主主義の在り方として、選挙や国民投票の公正を確保するための規律についても、憲法上明確にしておく必要があるか否かについて検討する必要がある。
仁比聡平氏(共産)
日本原水爆被害者団体協議会の田中熙巳代表委員が、日本政府が一貫して被爆者への国家補償を拒んでいるとノーベル平和賞授賞式の場で発言されたが、自民党政治が戦争の被害は受忍せよとの誤った立場を改めず、5年間で43兆円もの大軍拡や日米軍事一体化を進めていることは憲法の平和原則を根底から覆す暴挙である。
日米同盟絶対の戦争する国づくりへの暴走は、米国とともに世界から孤立する道であり、対話と外交の力で戦争の心配のない東アジアをつくり、憲法を生かす国民的な共同が必要。
同性婚の実現及び選択的夫婦別姓問題について、党派を超え、根深い家父長制的な固定観念を乗り越えて、誰もがお互いを尊重し合い、ジェンダーに基づく支配や暴力、差別のない社会に変えていくことが必要。
山本太郎氏(れいわ)
生活保護受給者、能登半島地震、奥能登豪雨の被災者、就職氷河期世代、奨学金債務のある若者らが苦しんでいるのは、憲法13条、25条が保障する基本的人権が侵害されているためであり、国がこれを長く放置する事例が多すぎ、これらを取り上げ、調査と対策を進めていくための議論が必要。
憲法審査会の最優先課題は、現行憲法をほごにし、30年続く悪政とその検証、それを改める具体を政府に突き付けることである。
髙良鉄美氏(沖縄の風)
憲法の最高法規性からすれば、憲法とかい離している現実を問題にし、議論していくのが国会の役割である。
憲法改正をすることが国会議員の義務であるとの主張は独善的である。
現実に合わせるように憲法を政策的に変えていくのではなく、現実を憲法に適合するように政策を策定し実施していくのが、法の支配の実現である。
和田政宗(自民)
繰延投票では、先行する投票結果を受けて繰延投票の結果に影響が出かねず、また、被災地以外の地域での衆議院選挙を受けて特別国会が召集された場合、特に災害対応や復旧復興に全力を注ぐべき重要な局面で被災地の意思が反映されないまま国会において様々なことが決定されることへの懸念がある。
災害時に民主主義の根幹である選挙を守るために、繰延投票などの現行制度について論点を整理しつつ、あらゆる事態を想定して憲法で備えることについて、現行憲法のままで対応可能か、憲法改正が必要かの議論を更に深めるべき。
* 引用、ここまで。
今、国会で「安定的な皇位継承」のあり方が協議されていることもあり、まずあり得ないだろうとは思いつつ、この日、ひょっとしたら天皇制についての発言があるのではないかとの興味を持って傍聴していたのですが、案の定、天皇制の「て」の字も出てきませんでした。今、議論されているのは女性天皇や女系天皇を認めるか、養子縁組みによる旧皇族からの男系男子の復帰を認めるかなど、天皇制の存続を図るための弥縫策ですが、そもそも憲法の基本的人権の尊重という大原則と天皇制が相容れないことは明らかであり、これこそ「憲法と現実の乖離」の最たるものでしょう。乖離というより、矛盾とか背反と表現する方が的確かもしれません。多くのマスメディアが毎年憲法改正に賛成か反対かというずさんな世論調査を行っていますが、改憲派の主張する改憲にはもちろん反対だが、天皇制を廃止する改憲には賛成だという方はけっして少なくないと思います。
今回、両院を通じておそらくは初めて憲法審査会のテーマとして取り上げられた「憲法と現実の乖離」については、衆議院でも6月5日に議論されることが告知されています。また、衆院憲法審では、6月19日の幹事会で改憲勢力の5会派(自民、公明、維新、国民、有志の会)から緊急事態条項の骨子案が提示されると報じられています。そして来月には参院選が行われ、衆院の解散総選挙も取り沙汰されています。
こうした中、今後、衆参両院の憲法審査会がどのように運営されていくのか、最大限の警戒心を持って注視していきたいと思います。
今回も委員全員が出席していました。
この日の傍聴者は20人弱で少なく、記者は最初3、4人いましたが最後は1人になりました。(銀)