3月13日、今通常国会初の衆議院憲法審査会が開催されました。この日は、「選挙困難事態の立法事実」をテーマとして自由討議が行われ、衆議院法制局の橘幸信局長から同テーマをめぐるこれまでの議論の概要について報告を受けた後、委員からの発言がありました。

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橘局長の報告は、次に掲げる「資料1 緊急事態条項(国会機能維持)の論点(イメージ)」と題するペーパーの説明から始まりましたが、橘氏によると、今回のテーマは「国会機能維持」の論点の一つである「議員任期特例[緊急時]」の論点のうちの「①選挙困難事態の立法事実」であるとの位置づけで、次回の憲法審では「②参議院の緊急集会の射程」について議論することが合意されています。こうした進め方は、選挙困難事態における議員任期延長の是非といった最終的な制度設計のレベルで議論を闘わせる前に、制度設計の前提となる論点を「因数分解」(これは枝野幸男審査会長の言葉だそうです)して抽出し、それらを一つずつ取り上げて共通認識が得られるか否かを詰めていくことが建設的かつ効率的な議論に資するのではないかという考え方に基づくものであるということです。

緊急事態条項の論点図.png

3月14日の『朝日新聞』には「衆院憲法審 前のめりな枝野氏」という見出しの記事が掲載され、「枝野氏は昨年末の講演会で、『よく変わるなら(憲法を)変えたほうがいい』と発言。周囲にも『護憲派との印象を払拭したい』と話し、改憲に積極的な姿勢を示す」と書かれています。枝野氏の考える「変えたほうがいい」憲法の条項や内容が何なのかわかりませんが、今後の審査会の動向を警戒・注視していきたいと思います。

橘氏の報告の後、各会派1人ずつ7分の持ち時間での意見表明があり、続いて何人かの委員からの発言がありました。

以下、当日の論議のポイントが簡潔に整理されている『毎日新聞』と『NHK』のウェブサイトに掲載された記事を転載させていただきます。

衆院憲法審 緊急事態の議員任期延長巡り「選挙困難事態」を討議
『毎日新聞』2025年3月13日
衆院憲法審査会は13日、今国会初となる審査会を開き、自由討議を実施した。昨年の通常国会で、自民、公明、日本維新の会など4党1会派が条文化の作業に入るよう求めていた緊急事態での国会議員の任期延長を巡って、立憲民主党の枝野幸男審査会長はさらなる熟議が必要と議事を整理。改めて自然災害などの発生で選挙の実施が困難になる「選挙困難事態」は起こりうるのかについて各党が意見を交わした。
自民の船田元氏は東日本大震災と同規模の地震が、衆院選投開票日の約1カ月半前に発生した場合には、定数465人のうち69人の衆院議員が選出されない事態が想定されるとのシミュレーションに言及し、「被災地域選出の議員がいない状態。いわば地域が偏った状態で選出された衆議院が誕生することになってしまう」と指摘。緊急事態での議員任期延長の必要性を訴えた。
一方、立憲の山花郁夫氏は同シミュレーションについて「8割強の人が選出できるケースで任期延長を行うことは、8割強の有権者の選挙権を行使しうる機会を制限する」と述べ、憲法改正に反対した。れいわ新選組と共産党も反対意見を述べた。
改憲を求める4党1会派は、昨年の通常国会で、緊急事態での議員任期を延長する条項の条文化を提案し、緊急事態の範囲などについて論点整理を示していた。議論が進展しないことに対して、維新の馬場伸幸氏は「本審査会での実質討議は、この3年間で計49回行われたが、議論の大半が緊急事態条項についてされた。論点は出尽くしている。壊れたテープレコーダーのごとく、議論を繰り返す意義は見いだせない」と述べ、4党1会派の条文案を基に改正原案の作成に入るべきだと訴えた。
自民の船田氏は審査会後、記者団に「なんとか今国会で条文起草までいきたいが、今日の議論でそれぞれの見解の相違を確認した。相違をどこまで詰められるかだ」と語った。【小田中大、飼手勇介】

衆議院憲法審査会 選挙の実施困難な事態想定し与野党が討議
『NHK NEWS WEB』2025年3月13日
衆議院憲法審査会は、今の国会で初めての討議が行われました。自民党が、大規模災害などで選挙ができなくなる事態を想定し憲法を改正して国会議員の任期を延長できるようにすべきだと訴えたのに対し、立憲民主党は、投票を繰り延べることで対応できると主張しました。
衆議院憲法審査会では、これまで、憲法改正のテーマの一つとして、緊急事態に国会の機能を維持させることをめぐって議論が続けられていて、今の国会で初めて開かれた13日の審査会では、選挙の実施が困難な事態について与野党が意見を交わしました。
自民党の船田元氏は東日本大震災を例に挙げ「選挙の実施が困難な事態に当たり、衆議院に被災地選出の議員がいない状況が生まれる。憲法を改正して議員任期を延長する制度を創設すべきだ」と主張しました。
日本維新の会、国民民主党、公明党も議員任期の延長に前向きな考えを示しました。
これに対し、立憲民主党の山花郁夫氏は「仮に東日本大震災の際に衆議院選挙を実施しても全体の8割強を選出できたと試算されている。一部で困難だからといって、多くの地域の選挙権を制限するのはバランスを失しており、今の法律に基づいて投票を繰り延べることで対応したほうがよい」と述べました。
れいわ新選組と共産党も憲法改正の必要はないという認識を示しました。
衆議院憲法審査会は今後、おおむね週1回のペースでテーマごとに議論を進めていくことで与野党が合意しています。
枝野審査会長「従来より議論かみ合った」
衆議院憲法審査会の枝野審査会長は記者団に対し「テーマを絞り込んで、できるだけ各党の意見を集約して発言や質疑をしてもらうことで、従来と比べて議論がかみ合う度合いが大きく高まったのではないか。各党派の考え方の一致点と一致していない点を、きちんと整理していきたい」と述べました。
* 引用、ここまで。

3.13憲法審査会
(道の左側手前の建物1階が衆議院面会所で、ここから入り荷物検査などを受けて憲法審査会室へ行く。右側手前が首相官邸)

学者をディスった船田元委員(自民)

今回も、この日気になった発言をいくつか紹介したいと思います。
まず、与党筆頭幹事である船田元氏の発言から。氏の主張の要点は上掲の『毎日』と『NHK』の記事でも紹介されていますが、氏は選挙困難事態においても予定どおり選挙を実施し、それができない地域では繰延べ投票を実施した場合、それは適正な選挙とは言えないとし、「このことは机上で論理を組み立てる学者ではなく、実際に選挙を戦い、民意に支えられた我々だからこそわかることだ」と述べました。これまでも衆院憲法審では参考人として招かれ議員任期延長に否定的な見解を展開した長谷部恭男氏らに対して、玉木雄一郎氏(国民)や北側一雄氏(公明)が論理的に破綻している(私の個人的な考えです)反論をまくし立てたり、山下貴司氏(自民)に至っては「私は議員になる前、憲法担当の司法試験考査委員として様々な憲法学者の学説に触れる機会があったが、その経験に照らしても、立法府の一員として長谷部参考人の見解を正解とするわけにはいかない」と耳を疑う無礼な発言をすることがありましたが、冷静沈着な印象がある船田氏まで学者をディスるとはと、本当に驚きました。

なお、北側氏はすでに政界を引退し、不倫で党の役職停止処分を受けた玉木氏は処分解除後も今のところ憲法審には復帰していません(今後も姿を見せないことを切に願います)が、山下氏は引き続き幹事に納まっています。

壊れたテープレコーダーはあなた方だ!:れいわ・大石委員の痛烈な批判

『毎日』の記事にある「壊れたテープレコーダーのごとく、議論を繰り返す意義は見いだせない」という馬場伸幸幹事(維新)の発言を聞いて、私は「壊れたテープレコーダーはお前だろう」と思いましたが、それを指摘してくれたのが大石あきこ氏(れいわ)でした。また、大石氏は議員任期延長の改憲の議論を打ち切るよう、明確に要求しました。とても説得力のある意見だと思いましたので、以下、党派を代表しての氏の発言の内容を紹介します(『X』に投稿された記事です)。

れいわ新選組の大石あきこです。この数年の憲法審を拝見しました。改憲派の条文草案も拝見しました。その結果として、2つの結論を導きました。1つは、選挙困難事態の立法事実は一切ないこと。2つ目は、改憲派の方々の改憲草案は、内閣と衆議院の居座りを許すゾンビ改憲草案であり、現憲法の立法事実である内閣と衆議院の居座りを許して米開戦に至ったという過去の歴史の再発防止の設計をつぶす違憲提案です。しかも、無自覚ではなく、意図的につぶすという流れで、危険極まりないものです。 したがって、この議論をしっかりと打ち切る必要があり、枝野会長にはこれ以上の議題としないことを強く求めます。

衆議院法制局の説明資料では、選挙困難事態の定義は2つからなると。
1つ目、選挙の一体性については改憲の立法事実とは言えません。前提として、私も皆さんも衆議院議員、国民に選定され、罷免される存在です。選定と罷免は国民固有の権利であると、憲法15条は言っています。
任期延長はこの国民の権利を奪うものです。それに足る理屈は存在しません。例えば、近畿で災害が起きて、それが選挙権行使が事実上不可能であったときでも、九州エリアの方々は選挙ができるならば、日本全国で衆議院の任期延長しましょうは許されないよ、ということです。当たり前です。
任期延長という受益があるからこそ、衆議院議員の居座りが起きる。それを排除する規定を現憲法は設けており、現憲法はさすがなんです。

選挙困難事態の定義の2つ目です。
憲法54条1項で、参議院の緊急集会が70日間しか開催できないという論が存在するかのように、衆議院の憲法審で話されていますけれども、主張しているのはごくごくわずかな方々です。衆議院の憲法審の改憲派と、参議院憲法審の維新の方々と、日本に数えるほどしかいない安保法制の集団的自衛権が合憲と言っている大石先生だけです。名前が同じ大石で恐縮なんですけど、主張は逆のようでした。
憲法学者の長谷部先生は、54条1項の解散から総選挙までの40日と、選挙後の特別国会招集までの30日は、内閣の居座りを排除するための規定で、緊急集会の開催権限とは関係がないとおっしゃっています。 太平洋戦争の末期には南海トラフの震災もありました。そうした議論をもとにつくられた54条第2項の参議院の緊急集会が、大災害を想定していないはずもないし、70日しか開催できないわけではなく、論理は既に破綻しています。

あくまで災害時・緊急時なのですから、あえてフルスペックではなく、小さめの制度につくって、一刻も早く衆議院選挙をやる復元力を確保した設計になっていますし、このようなことももう議論済みですね。 改憲派が言うような想定外の抜け穴は存在しないんです。したがって、改憲派の任期延長案はデメリットはあるんですけど、メリットがないんですよ。
壊れたテープレコーダーがとか維新の馬場さんおっしゃっていたけど、あなた方です。論理的に結論は出ていますので、今こそ打ち切るときです。
何事も議論はいいことだとざっくり毎週やられても、これは国民にとって迷惑でして、毎週毎週こんな論外の会議開かれては困ります。
ほかに、国民経済を救うためのこと、または災害時でも選挙が実施され選挙権が行使できるための委員会を開いたりしなければいけない。
改めて、会長には毎週開催はせず、任期延長改憲の議論は打ち止めを求めます。
* 引用、ここまで。

馬場氏と大石氏は、後半の自由討論の中でも激突しました。
会派代表としての発言で、馬場氏は「日本を取り巻く安全保障環境を踏まえれば、今日のウクライナは明日の日本という観測が戯れ言でないことは明らかであり、選挙困難事態に立法事実はないという立憲民主党の主張は妄想に過ぎない」などと主張しましたが、自由討論でも発言の機会を得た大石氏は、馬場氏と北神圭朗氏(有志)に対して「原発が危険だということにも言及しているなら論理的一貫性があるかもしれないが、(原発について)どう考えるのか」と質問したのです。2人ともまともに回答することができませんでした。

党内の不一致を認めた公明・濱地委員

最後に、今回のテーマをめぐる今後の憲法審での議論にいちばん影響を与えそうだと感じたやり取りを紹介しておきます。それは、柴田勝之氏(立民)の公明党の委員に対する質問とそれに対する濱地雅一氏の回答です。

柴田氏は、改憲派の委員たちが緊急時の国会議員の任期延長が必要な根拠として主張している選挙困難事態の立法事実について、参議院の憲法審査会で公明党の委員たちが繰り返し否定的な意見を述べていることを指摘して衆院憲法審における公明党の委員の発言(柴田氏は名前を挙げませんでしたが、とりわけ北側氏が熱心でした)との矛盾を突き、「衆議院の委員がおっしゃっていることが公明党の見解なのか」と質問しました。

これに対して濱地氏は明確な回答ができず、「それについては検討していくというのがわが党の見解です」と述べるのが精一杯で、枝野会長から「それが党の見解ですね」と念押しされて「そうです」と答えざるを得ませんでした。参院憲法審で選挙困難事態の立法事実について疑問を呈していたのが、当時憲法審の幹事で今は党の幹事長に就いている西田実仁氏であることからも、公明党が短期間でこのテーマでの改憲推進で党内の議論を集約することは極めて難しく、今のところ選挙困難事態の議員任期延長の改憲の議論がすぐに進展する情勢にはないと思います。

この日の傍聴者は約40人で、今通常国会初の憲法審だったわりには少なめだなと感じました。記者は5人ほど、カメラマンは10人弱(いつものように時間の経過とともにだんだん減っていきました)で、テレビカメラは入っていませんでした。
今回も自民党の委員の欠席が目立ち、初めは2~3人だったのが徐々に増えて最後は5~7人くらいになりました。他の会派は、ときどき席を外す委員はいましたが全員が出席していました。

この日の審査会で、武正公一野党筆頭幹事(立民)が、幹事懇談会で今後の衆院憲法審について今回は選挙困難事態、次回が参議院の緊急集会、その後2回が国民投票法の改正案、さらにその後解散権、臨時国会というテーマを決めていることを明らかにしました。おそらく毎週定例日の開催が続くものと思われますが、内閣の支持率の低迷もあって国会は波乱含みで都議選、参院選が控えており、そう遠くない時期に衆院の解散・総選挙もあるかもしれません。国際情勢も予断を許さない状況で、今後、改憲をめぐる動向は大きく揺れ動く可能性があります。気を緩めることなく、引き続き改憲・戦争絶対阻止の闘いに取り組んでいきましょう。(銀)