5月15日(水)13時から14時40分少し前まで、2週連続で今国会3回目の参議院憲法審査会が開催され、2度目となる実質的な審議が行われました。この日のテーマは参議院の緊急集会で、参議院の川崎政司法制局長、加賀屋ちひろ憲法審査会事務局長から説明を聴取した後、委員間の意見交換が進められました。

「改憲勢力」会派の委員たちの緊急事態対応についての発言
衆議院の憲法審査会では、自民、維新、公明、国民、有志の会の5会派が、緊急事態時の衆院議員の任期延長を可能にする改憲の必要性を言い募り、条文案を作成する起草委員会の設置を声高に主張しています。衆院での改憲派の言い分は、参議院の緊急集会では対応しきれないような緊急事態はあり得るしそれはいつ起こるのかわからないのだから、早急に憲法を改正して議員任期の延長を定めた緊急事態条項を設けることが必要だというものです。
この日の参院憲法審のテーマはほかならぬ参議院の緊急集会でしたが、参院の地獄行こう(自・国・維・公)会派の委員たちはどのような見解を表明したのでしょうか。
まず、自民党を代表して発言した片山さつき幹事は、「あらゆる事態を想定しながら、参議院の緊急集会がしっかり機能するよう、法制面や実効面などから検討すべき事項をすべて洗い出し、シミュレーションを通して確認すべきだ。その上で、これまでの各会派の意見を整理し、参院憲法審としての考えを明確にして、議論を前に進めていく段階にある」などと述べました。「議論を前に進め」た先には議員任期延長の改憲が想定されているのかもしれませんが、この日の片山氏の発言は、その前にもっと検討しておくべきことがあるという趣旨であるように聞こえました。
驚いたのは和田正宗氏の発言で、氏は「現行憲法に緊急事態条項がないことは大きな課題である」と指摘した上で、大災害が発生して選挙の実施が長期間困難になった場合に備えて、「参議院の緊急集会で対応できるよう70日間の制約を取り払い、かつ、フルスペックの国会の機能を行使できる『スーパー緊急集会』を憲法に定めるかどうかを議論していくことが重要だ」と述べたのです。議員任期延長論とは方向性の異なる緊急事態対処のための改憲論です。

もう一人自民党から発言した田中昌史氏は衆院憲法審の改憲派とほぼ同様の見解を披露していて、3氏の発言にはほとんど共通点がありませんでしたが、党としての方針や問題意識を役割分担して主張するというふうではなく、幹事の片山氏以外の2人はただ単に個人的な考えを述べただけのように感じました。
もう一つの与党、公明党の委員の発言は、前回までと同様に今回も衆院憲法審の同党の委員たちとは大きくニュアンスの異なるものでした。
公明党の発言者は伊藤孝江氏と塩田博昭氏でしたが、塩田氏は、「いわゆる選挙困難事態における国会機能の維持」に関して、「民主的正当性を確保するためには選挙を実施することが肝要であり、参議院の緊急集会と繰延べ投票で対応することを基本とするべきと考えている」と述べ、昨年、衆参両院の憲法審で行われた参考人質疑における長谷部恭男氏の「全国一律の投票を行うべきとの要請は憲法上強いものではない。最高裁の判例を前提として考えれば、選挙は可能になったところから順次速やかに実施すべきである」という意見を「明快、明確で傾聴すべきものだ」と評価していました。
また、こちらは衆院の公明党と共通した見解ですが、塩田氏は「憲法に緊急政令に類する規定を創設するべきとの意見があるが、緊急集会の制度が旧来の緊急勅令制度の代替として規定された経緯や、緊急集会の関与を含めて充実した緊急事態法制がすでに整備されていることを踏まえれば、それら個別法に基づく政令への委任で対応することが可能だと考えている」と指摘して、緊急政令の規定を新設する改憲に反対する立場を明確に表明しました。
日本維新の会の柴田巧氏の発言は、予想どおり衆院憲法審の維新の委員たちと同内容で、最後に「日本国憲法は施行後77年を迎えたが、この間一言一句の改正も行われていない。国民主権を掲げる日本国憲法が一度も国民の審判を仰いでいないのは、まさにブラックジョークだ」と何の意味もないことを恥ずかしげもなく述べたことも含めて、いかにも維新の議員らしかったです。
この発言は、すぐ山添拓氏(共産)に「憲法が制定以来変わることなく機能してきたのは、主権者である国民が変えるべきでないという選択をしてきたからだ」と論破されていました。私はもう一点、「ブラックジョーク」の使い方がおかしいことも付け加えておきたいと思います。この言葉の意味は、「不道徳で悪趣味な冗談。また、風刺的な冗談」(『デジタル大辞泉』による)だからです。
維新のもう一人の発言者、浅田均氏は、自然災害、感染症、武力攻撃、内乱、テロ等に加えて、「電磁パルス攻撃、サイバー攻撃、核弾頭を搭載可能なミサイルの着弾、生成AIを搭載したLAWS(自律型致死兵器システム)の暴走」等のリスクを指摘し、「緊急事態条項にテーマを絞り、審議を進めることを求める」と述べました。「衆議院だけでなく参議院もなくなってしまったら、従前の政府はどの程度の期間正当性を維持できるのか」とも言っていましたが、限りなく妄想に近い(私の感想です)発言で、どう論評していいかわかりません。

国民民主党の礒﨑哲史氏は、緊急事態時に参議院の緊急集会を開くことができる期間や緊急集会に与えられる権能、議員が発議できる議案の範囲等について議論が必要だと主張し、衆院議員の任期延長が必要だとまでは言わなかったものの、改憲派としての立場を明らかにしていました。
改憲に反対または慎重な立場の委員たちの意見
立民、共産、れいわ、沖縄の風、社民の委員たちからは、この日も説得力という点で改憲派の面々を凌駕する発言を聞くことができました。以下、その一部をピックアップして紹介したいと思います。
改憲派の「何があるかわからない」から議員任期延長や緊急政令、緊急財政処分を規定する改憲が必要だという抽象的に危機感をあおろうとするだけの議論に対して、現行の憲法と緊急事態法制にはしっかりとした緊急事態対応の仕組みが整備されているし、そんな改憲を認めてしまえば権力の暴走を許してしまう危険があるのだということが具体的に指摘されていることがおわかりいただけると思います。
打越さく良氏(立民):衆議院の解散から特別国会の召集まで70日と日数を限っているのは、民意を反映していない政府がそのまま政権の座にあり続けることのないようにという要請からであり、参議院の緊急集会の期間が限定されているかのように見えるのは派生的な効果にすぎないという長谷部恭男氏の解釈が妥当だ。
山本太郎氏(れいわ):1946年7月、憲法担当であった金森大臣は参議院の緊急集会がまさに緊急時のための制度だと述べており、実際に武力攻撃事態・存立危機事態対処法9条でも、緊急事態の国会承認のために緊急集会を活用することを規定している。
緊急集会ではフルスペックの国会機能が果たせないので衆院議員の任期延長が必要であるとの意見もあるが、この提案は、国民に選ばれてもいない議会にフルスペックの権限を与えようとする危険なアイデアだ。
高良鉄美氏(沖縄の風):今日は52年前に沖縄が平和憲法の下に復帰した日で、当時沖縄県民は憧れと希望を持っていたが、それは裏切られ、憧れは落胆に、希望は失望に変わった。
参議院の緊急集会の制度は、国家権力の乱用を抑え、緊急時には参院だけでも民主的に国会の権能を行わせる形を取り入れたものであり、人の支配ではなく法の支配でなければならないことを見事に説明している。衆議院の議員任期延長の問題で、権力が目的のために自ら憲法を変えるのは、法の支配にもとるものだ。
福島みずほ(社民):参議院の緊急集会は、一時的、限定的、暫定的制度であるから議員任期の延長が必要だと衆議院で主張されることがあるが、緊急事態に対処する際には、臨時の暫定的措置にとどめることが、緊急事態の恒久化や行政権力の乱用を防ぐために重要だ。例えば、政府が戦争を始めた場合、国民が反対でも政府・与党が間違いを認めず、衆院議員が任期延長で居すわることを許せば、戦争をやめたいという国民の意思は反映されない。
緊急集会と比較した場合、現在主張されている衆院議員の任期延長の憲法改正案は、できる限り早期に総選挙を実施しようとするインセンティブが働きにくい。憲法の基本原理に反し、不必要で危険であり、緊急事態条項を憲法改悪で実現する布石ではないか。
緊急政令は憲法41条の国会は唯一の立法機関だという規定を踏みにじり、緊急財政処分も国会の予算の承認権を侵害するものだ。災害時には繰延べ投票が可能であり、憲法を変える必要はない。

この日の審議で私が一番感心したのは、川崎参院法制局長に対する質疑を巧みに織り込みながら展開された山添拓氏(共産)の意見表明です。以下、要約して紹介します。
山添:日本国憲法に参議院の緊急集会を導入することについて、憲法制定議会では民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護するためだと説明されている。明治憲法における緊急勅令や緊急財政処分等の政府の専断だけでなく、あらかじめ国会に常設委員会を設置して対応するという案も排除した。
こうした経緯を踏まえると、緊急集会が民主政治の徹底を趣旨とするのは、緊急時であってもその対応は民主的に選ばれた議員によることを要求するものと理解すべきではないか。
川崎:政府の側が緊急事態時の対応として民主政治の徹底を強調したのは、ご指摘のとおり憲法の緊急勅令、緊急財政処分等の制度が民主主義の運用上遺憾な結果を生じたという反省に立ったもので、国会をいつでも開き得る体制を整えて対応する必要があることを述べたものと解することができる。そしてそのことが参議院の緊急集会制度の導入の理由ともなったと考えている。
山添:選挙が長期間、広範囲で行えない場合は緊急集会では対応しきれないと指摘されるが、現行法には繰延べ投票の制度がある。阪神・淡路大震災でも東日本大震災でも全国的に選挙が困難となる事態は起きなかった。能登半島地震ではいまだに深刻な被害が続き政府の対応の不十分さが指摘されるが、だからこそ選挙で民意を問うことが重要だ。
最高裁が選挙権の制限はやむを得ないと認められる事由がなければならないとしていることに加えて、緊急集会は民主政治の徹底を趣旨とすることを踏まえると、緊急集会が必要となる事態においてもできるだけ速やかに衆院議員の総選挙を実施して選挙権の行使を可能にすることを要求するのが憲法の趣旨と考えるが、法制局の見解をうかがう。
川崎:憲法54条1項は衆院解散の日から40日以内の総選挙、その選挙の日から30日以内の国会の召集を求めている。これはできるだけ速やかな新しい衆院の構成や国会の成立を求めるものであり、それは選挙が物理的に可能である限り状況の如何を問わないものと解することができる。
山添:総選挙が広範囲で実施できない期間が長く続くことをことさらに想定し、選挙権の制限を正当化する衆院議員の任期延長論は国民主権の基本を踏まえないものだ。総選挙を速やかに実施できるようにする法整備の必要性や内容は議論に値するが、それを改憲の材料にするのは不当であり、必要でもない。
中曽根弘文会長(自民)のとんでもない議事運営
この日の審査会では福島みずほ氏が最後の発言者になりましたが、その終盤でこんなことがありました。
委員の発言時間は1人5分以内とされていましたが、福島氏がそれをほんの少し超過したところで(後で『参議院インターネット審議中継』で確認すると20秒も経っていませんでした)、中曽根弘文会長(自民)が「時間が過ぎているのでまとめてください」と言って発言をさえぎろうとしたのです。しかも、審査会の冒頭、中曽根氏自身がこの日の「所要は1時間40分を目途とする」と述べていましたが、まだその時間にはなっていませんでした。福島氏はこのとき「衆議院憲法審査会の起草委員会の設置は許されないと主張し、意見表明とします」と発言を締めくくろうとしていたので、結果的に妨害とはなりませんでしたが、会長として許されない議事の進行でした。しかも、中曽根氏の野党の委員の発言への邪魔立ては今回が初めてではなく、会長の任にふさわしくないと言わざるを得ません。
この日も短時間席を外す者はいましたが、委員全員が出席していました。
傍聴者は30人弱、記者は最初4人、途中5、6人に増えて、閉会時には3人となっていました。
参院憲法審での議論は、今のところ改憲に向けた具体的な項目や条文の検討に進むような段階ではありません。このことについて、おそらく憲法審閉会直後の取材によるものでしょうが、「参院憲法審の与党筆頭幹事の佐藤正久氏(自民)は『衆参の憲法審ではかなり温度差がある。まずは参院の緊急集会の方が充実すべき論点があるとの方向が大方の意見だ』と記者団に説明した」そうです(『産経新聞』ウェブサイトに掲載された5月15日付の記事による)。
また、もし衆院側から議員任期延長の改憲案が送付されてきても、すぐにそれを受けて参院側で審議が始まるようなことも考えにくいと思います。参院では、公明党抜きで改憲の発議に必要な3分の2の賛成を得ることはできないからです。
しばらく膠着した情勢が続くのか、あるいはそれを一変させるような事態が起こるのか、警戒を怠ることなく傍聴を続け、改憲・戦争絶対反対の声を上げていきたいと思います。
(銀)