5月11日(木)10時から11時30分頃まで、衆議院憲法審査会が開かれました。先週は休日でしたので2週間ぶりですが、これで定例日の開催は10回連続となりました。
この日は、冒頭に森英介会長(自民)が「緊急集会を中心として討議を行います」と述べた後、各会派代表の1人7分ずつの発言、会長に指名された委員の5分以内での意見表明といういつもどおりのパターンで議事が進められました。
唐突に緊急集会が取り上げられたのは、参議院で先行する議論に制動をかけようという意図があったからかもしれません。緊急集会をどのように位置づけるかによって、改憲勢力がもくろむ緊急事態時の衆院議員の任期延長の議論が頓挫する可能性があるからです。
以下、この日の審議の概要をまとめた『東京新聞』のウェブサイトに掲載された2本の記事を転載させていただきます。
参院の緊急集会巡り討議 自民は議員任期の延長規定を主張、立民も議論進めることに理解 衆院憲法審査会
『東京新聞TOKYO Web』2023年5月11日
衆院憲法審査会は11日、衆院解散後に緊急の問題が発生した際、参院が国会の権能を代行する「参院の緊急集会」について討議した。自民党は、緊急事態が長期間となる場合に備えて議員任期の延長規定が必要と主張。立憲民主党は、有識者の見解を聞くべきだとしつつも、議論を進めることに理解を示した。
自民の新藤義孝氏は、憲法54条2項の緊急集会で対応できるのが原則、内閣から示された案件に限られるとして「有事における二院制国会の機能維持を図るため、万全の措置を講ずるべきではないか」と述べた。公明党は、緊急集会で対応できる期間には限りがあると指摘。日本維新の会と国民民主党、無所属議員でつくる会派「有志の会」も、議員任期延長規定の必要性を訴えた。
一方、立民の奥野総一郎氏は、国政選挙の実施が困難と判断するに当たって、立法と司法を関与させるべきだと主張。その上で「国会機能を維持するための選択肢の一つとして議論を進めても良い」と語った。共産党の赤嶺政賢氏は「国民の参政権を奪う任期延長は、議会制民主主義の否定で、行うべきではない」と強調した。(佐藤裕介)
衆院憲法審査会・発言の要旨(2023年5月11日)
『東京新聞TOKYO Web』2023年5月11日
11日の衆院憲法審査会での発言の要旨は次の通り。
◆各会派代表の意見
新藤義孝氏(自民)
わが国の憲法には、緊急事態の規定が欠落している。参院の緊急集会は平時の規定で、短期間に適用される制度だ。長期にわたって衆院不在が予想されるような有事が発生した場合でも、二院制国会を機能させるために、憲法の明確な要件に基づき発動される緊急事態時の議員任期延長などの措置を講じておくことは、立憲主義の観点からも極めて重要だ。
わが国の憲法には、緊急事態の規定が欠落している。参院の緊急集会は平時の規定で、短期間に適用される制度だ。長期にわたって衆院不在が予想されるような有事が発生した場合でも、二院制国会を機能させるために、憲法の明確な要件に基づき発動される緊急事態時の議員任期延長などの措置を講じておくことは、立憲主義の観点からも極めて重要だ。
奥野総一郎氏(立憲民主)
災害などにより選挙が行えず、衆院議員が選任されない「選挙困難事態」にどう対処するか、憲法上明らかでない。選挙困難事態が長期にわたる場合、緊急集会の活動に機能的、時間的限界があるのか、という問題がある。国会中心主義の観点から必要であれば、議員任期延長について、国会機能を維持するための選択肢の一つとして議論を進めても良いと考える。
災害などにより選挙が行えず、衆院議員が選任されない「選挙困難事態」にどう対処するか、憲法上明らかでない。選挙困難事態が長期にわたる場合、緊急集会の活動に機能的、時間的限界があるのか、という問題がある。国会中心主義の観点から必要であれば、議員任期延長について、国会機能を維持するための選択肢の一つとして議論を進めても良いと考える。
岩谷良平氏(維新)
審査会はわが国にとってベストな憲法を議論する場だ。現行憲法を前提に緊急集会で対応する場合と、憲法改正して任期延長する場合、いずれが優位か比較して結論を出さなければならない。二院制は憲法上の重要な原則。その例外である一院のみによる緊急集会で長期間対応するより、議員任期を延長して二院制を維持する方が、権力分立と国民主権の観点から優位だ。
審査会はわが国にとってベストな憲法を議論する場だ。現行憲法を前提に緊急集会で対応する場合と、憲法改正して任期延長する場合、いずれが優位か比較して結論を出さなければならない。二院制は憲法上の重要な原則。その例外である一院のみによる緊急集会で長期間対応するより、議員任期を延長して二院制を維持する方が、権力分立と国民主権の観点から優位だ。
浜地雅一氏(公明)
参院の緊急集会について検討すべき論点として、(1)意義・制度趣旨(2)衆院の任期満了の場合の類推適用(3)活動期間はどの程度か(4)審議できる事項・範囲をどう考えるか(5)「国に緊急の必要があるとき」とはどのような場面か―がある。緊急集会は衆院が存在しない場合の、活動期間を区切られた例外的かつ暫定的な制度だ。例外規定である以上、厳格に解釈されるべきだ。
参院の緊急集会について検討すべき論点として、(1)意義・制度趣旨(2)衆院の任期満了の場合の類推適用(3)活動期間はどの程度か(4)審議できる事項・範囲をどう考えるか(5)「国に緊急の必要があるとき」とはどのような場面か―がある。緊急集会は衆院が存在しない場合の、活動期間を区切られた例外的かつ暫定的な制度だ。例外規定である以上、厳格に解釈されるべきだ。
玉木雄一郎氏(国民民主)
憲法の統治機構に関わる条文は厳格に解釈すべきで、無理な解釈は避けるべきだ。緊急集会の権能を解釈で無制限に広げることは、二院制を原則とする憲法の規定に違反する。一時的、暫定的、限定的と憲法上規定されている緊急集会の射程を、立法や解釈で拡大することは立憲主義に反する。憲法に明記されている議員任期を延長するには、憲法改正が必要だ。
憲法の統治機構に関わる条文は厳格に解釈すべきで、無理な解釈は避けるべきだ。緊急集会の権能を解釈で無制限に広げることは、二院制を原則とする憲法の規定に違反する。一時的、暫定的、限定的と憲法上規定されている緊急集会の射程を、立法や解釈で拡大することは立憲主義に反する。憲法に明記されている議員任期を延長するには、憲法改正が必要だ。
赤嶺政賢氏(共産)
有事の認定という重大な決定に際してこそ、国民の判断を仰ぐべきだ。米国に付き従って、他国の紛争に軍事介入する決定を行った政府と国会議員に対し、選挙を通じて退場させる機会を奪うことは許されない。国民の参政権を奪う任期延長は、議会制民主主義の否定で、行うべきではない。衆院が不存在の場合は、憲法の規定に従って、参院の緊急集会で対応すべきだ。
有事の認定という重大な決定に際してこそ、国民の判断を仰ぐべきだ。米国に付き従って、他国の紛争に軍事介入する決定を行った政府と国会議員に対し、選挙を通じて退場させる機会を奪うことは許されない。国民の参政権を奪う任期延長は、議会制民主主義の否定で、行うべきではない。衆院が不存在の場合は、憲法の規定に従って、参院の緊急集会で対応すべきだ。
北神圭朗氏(有志の会)
参院の緊急集会は選挙ができる状態を前提とする平時の制度だ。維新、国民民主との共同提案では、選挙ができる場合は緊急集会で、選挙が長期にできない場合には議員任期の延長で対応できるとしている。緊急集会は二院制の例外ゆえに、審議対象や活動期間におのずと制約がある。例外規定は厳格に解釈しなければならないからこそ、議員任期の延長制度が必要だ。
参院の緊急集会は選挙ができる状態を前提とする平時の制度だ。維新、国民民主との共同提案では、選挙ができる場合は緊急集会で、選挙が長期にできない場合には議員任期の延長で対応できるとしている。緊急集会は二院制の例外ゆえに、審議対象や活動期間におのずと制約がある。例外規定は厳格に解釈しなければならないからこそ、議員任期の延長制度が必要だ。
◆各委員の発言
柴山昌彦氏(自民)
選挙ができない、国会を開いて審議するいとまがない事例をきちんと想定して、緊急政令や、政令に包括的な委任を設けるという対応の仕方をしっかりと制度化するべきだ。
選挙ができない、国会を開いて審議するいとまがない事例をきちんと想定して、緊急政令や、政令に包括的な委任を設けるという対応の仕方をしっかりと制度化するべきだ。
城井崇氏(立民)
ネット環境は大きく変化し、フェイクニュースや外国の不当な干渉などの問題解決が民主主義の強化にとって極めて重要だ。立民は(国民投票の)ネット規制は必要かつ可能との立場だ。
ネット環境は大きく変化し、フェイクニュースや外国の不当な干渉などの問題解決が民主主義の強化にとって極めて重要だ。立民は(国民投票の)ネット規制は必要かつ可能との立場だ。
小野泰輔氏(維新)
立民は(国民投票で)政党のネットCMを禁止している。選挙で政党のネットCMが許されていることとの乖離が著しい。表現の自由を過度に規制しているのではないか。
立民は(国民投票で)政党のネットCMを禁止している。選挙で政党のネットCMが許されていることとの乖離が著しい。表現の自由を過度に規制しているのではないか。
北側一雄氏(公明)
巨大地震により、広範な選挙区、広範な比例ブロックで選挙実施が困難ということが想定される。任期延長の問題はできるだけ早く合意形成し、憲法改正しなければならない。
巨大地震により、広範な選挙区、広範な比例ブロックで選挙実施が困難ということが想定される。任期延長の問題はできるだけ早く合意形成し、憲法改正しなければならない。
山下貴司氏(自民)
非常時に任期満了で衆院議員が存在しなくなる事態を想定する必要がある。判例や政府解釈などなく、学説も分かれている。任期満了時の対応を憲法上明確化した緊急事態条項が必要だ。
非常時に任期満了で衆院議員が存在しなくなる事態を想定する必要がある。判例や政府解釈などなく、学説も分かれている。任期満了時の対応を憲法上明確化した緊急事態条項が必要だ。
新垣邦男氏(社民)
自民党は国防規定や自衛隊の明記により、憲法を頂点とするわが国の法体系を完成させると主張するが、日米地位協定の全面改定なくして、法体系の完成と主権の確立はあり得ない。
自民党は国防規定や自衛隊の明記により、憲法を頂点とするわが国の法体系を完成させると主張するが、日米地位協定の全面改定なくして、法体系の完成と主権の確立はあり得ない。
* 引用、ここまで。
新藤義孝氏、またしても「論点」ペーパーを配布
この日も最初の発言者は、憲法審査会の与党側筆頭幹事である新藤義孝氏(自民)でした。複数の委員を出している他の会派(立民、維新、公明)は、1巡目の会派代表の意見表明を交代で行っていますが、自民党だけは新藤氏が1人でその役割を担っています。そして氏は今回はこの問題について議論しよう、次はこの問題を取り上げようと提案し(というより、「ごり押しし」と書いた方が実態に即しているかもしれません)、テーマごとに「論点」ペーパーを配布して、自らの見解を披露しながら他会派にもそれぞれの考えを出してほしいと要請する(これも「強制する」という言葉を使った方がいいかもしれません)のです。
衆院の審査会で参議院の緊急集会を主たるテーマとするのは今回が初めてでしたので、案の定、新藤氏はまたしても『「参議院の緊急集会」に関する論点』と題したA4版1枚の資料(下図)を提出し、これに沿って牽強付会としか言いようのない持論を一方的に展開して、「私なりに論点整理をさせていただきました」と得意げに(これは私の主観です)締めくくったのです。こんな専横がなぜ許されるのか、いつまで続けさせるのか、傍聴していていつも不愉快極まりなく感じています。(衆院憲法審の50人の委員中、自民だけで28人、自国維公=地獄行こう=と有志の会で38人も占めているのですから、現状ではいかんともしがたく、じっと我慢するしかありませんが。)
衆院の審査会で参議院の緊急集会を主たるテーマとするのは今回が初めてでしたので、案の定、新藤氏はまたしても『「参議院の緊急集会」に関する論点』と題したA4版1枚の資料(下図)を提出し、これに沿って牽強付会としか言いようのない持論を一方的に展開して、「私なりに論点整理をさせていただきました」と得意げに(これは私の主観です)締めくくったのです。こんな専横がなぜ許されるのか、いつまで続けさせるのか、傍聴していていつも不愉快極まりなく感じています。(衆院憲法審の50人の委員中、自民だけで28人、自国維公=地獄行こう=と有志の会で38人も占めているのですから、現状ではいかんともしがたく、じっと我慢するしかありませんが。)
「二院制」の維持と「選挙された議員」による構成
この日の審議の要点は、上掲1本目の『東京新聞』の記事に過不足なく整理されており、付け加える点はありませんが、残念なのは、奥野総一郎氏(立民)が「議員任期延長について、国会機能を維持するための選択肢の一つとして議論を進めても良い」と明言してしまったことで、これでは参院の緊急集会では国会の機能を維持できない場合があると認めたことになってしまいます。
緊急事態時に衆院議員の任期延長が必要だという議論は、二院制の維持が憲法上の重要な要請である(憲法第42条「国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する」)という認識に基づくものですが、私は(専門家ではないので間違っているかもしれませんが)、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」(憲法第43条)という規定も同じく重要であり、いったん議員の身分を失った者を選挙を経ることなしに議員として処遇することはこれにもとるものだと思います。いま改憲勢力が展開している議論は42条の二院制の維持ばかり言い立てて43条の選挙された議員による国会の構成を無視するものであり、バランスを欠いているのではないでしょうか。
この日、衆議院憲法審査会事務局が作成・配布したA4版53ページに及ぶ『「参議院の緊急集会」に関する資料』(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shukenshi102.pdf/$File/shukenshi102.pdf)を見ても(斜め読みしただけですが)、衆院議員選挙が長期間、広範囲で行えない事態が生じたときどのように国会の機能を維持すべきか、その場合参議院の緊急集会の意義や役割をどう考えるかについて、学界でも通説はないようです(というより、そういう事態を想定した議論自体ほとんど行われてこなかったと言った方がいいかもしれません)。
緊急集会とは別テーマの注目すべき議論
今回の報告の最後に、この日意見を表明した委員の中で、参議院の緊急集会以外の問題を取り上げた2人の発言を紹介します。
まず、城井崇氏(立民)は、「国民投票法(改憲手続法)の制定後、インターネットを取り巻く環境は大きく変化している」、「これまでの議論ではネット規制は困難だという会派もあるが、立憲民主党は必要かつ可能だとの立場だ」として、立民の改正案について説明しました。その内容は多岐にわたりますが、国会図書館が3月に刊行した『諸外国の国民投票運動におけるオンライン広告規制』(https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/12767874)という「労作」(城井氏による評価)に依拠し、他国の具体的な事例を挙げながら改正点を提示していました。
氏は「以上の(改正案の)各項目は国民投票法改正法の附則第4条に掲げられた検討項目に合致するものであり、これに対処しないまま改憲国民投票に突き進めば、国民の間に取り返しのつかない分断を招くおそれがある」と釘を刺して発言を終えました。
氏は「以上の(改正案の)各項目は国民投票法改正法の附則第4条に掲げられた検討項目に合致するものであり、これに対処しないまま改憲国民投票に突き進めば、国民の間に取り返しのつかない分断を招くおそれがある」と釘を刺して発言を終えました。
また、新垣邦男氏(社民)は、「最近、台湾有事は日本有事などといった発言が自民党の国会議員から公然となされており、敵基地攻撃能力の保有が抑止力になるとの説明を岸田首相や外務・防衛両大臣が繰り返しているが、中国、ロシア、北朝鮮は安保3文書を批判し、対抗措置を取ると明言している。安保3文書が東アジアを不安定にしている事実を、与党の国会議員は直視してほしい」、「戦争になれば軍隊のある場所が標的になるというのが沖縄戦の教訓だ。太平洋戦争のとき、米軍の軍事拠点になるという理由で、日本軍はオーストラリアのダーウィンを60回以上空襲した」、「沖縄に暮らしていると、改憲論議そのものが東アジアをはじめとする諸外国に9条の破棄を想起させ、疑念を抱かせるのではないかと思う。国家安全保障戦略においても、周辺諸国を無用に刺激し、平和外交の支障となり得る要素を極力排除することに政治は全力を尽くすべきだ」などと指摘しました。
新垣氏はこの日最後の発言者であり、どんよりしていた気持ちに少しだけですが日が差してきたように感じつつ傍聴を終えることができました。
この日の傍聴者は40人ほどで、審査会が定刻の10時に始まったため、開会に間に合わない方がたくさんいらっしゃいました。こんなことが起こるのは、衆議院では審査会開始予定時刻の10分前から開かれる幹事会が始まるまで傍聴の手続きが始められないという「謎ルール」によるもので(参議院にはこんな馬鹿げたルールはありません)、直ちに改めてほしいと思います。記者は3、4人でした。
この日は自民の欠席者がいつもより少なく、6、7人になった時間帯もありましたが、だいたい1~3人で推移していました。他の会派は、立民、維新の委員が席を離れている時間がありましたが、全員が出席していました。
いつもは森会長が「次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします」と述べて審査会が終了するところ、今回は「来る18日木曜日、参考人として京都大学名誉教授大石眞君及び早稲田大学大学院教授長谷部恭男君の出席を求め、意見を聴取したい」との発言がありました。きわめて珍しいことですが、前回、4月27日に審査会の開会が40分も遅れた際、大幅に長引いた幹事会の場ですでに合意していたのかもしれません。衆院憲法審のホームページによれば、テーマは参議院の緊急集会です。
わずか2人の意見で審査会の方向性が変わるとは思えませんし、参考人質疑の実施で改憲勢力が「議論は尽くした」という主張を打ち出してくるおそれもありますが、これからも審査会の動向を批判的にフォローしていきたいと思います。(銀)