6月8日(水)13時から15時過ぎまで、今通常国会6回目の参議院憲法審査会が3週間ぶりに開催されました。
この日のテーマは、「参議院議員の選挙区の合区問題」とされ、参考人として招いた憲法学者2人からの意見聴取と、これに対する会派代表7名と委員5名の質疑が行われました。同じテーマで参院の憲法審査会事務局長、法制局長からの説明の聴取と会派代表による意見表明があった前回を引き継ぐ形での審議でした。


テーマがコロコロ入れ替わったり、しばしば当日のテーマと無関係の発言が飛び出したりする衆院の審査会と比べると、参院の審査会は落ち着いて運営されている印象を受けます。もちろんこうした印象には開催の頻度(今国会で衆院15回に対して参院は6回)も大きく関わっています。
ただし、それは衆院憲法審があまりにもひどすぎるからで、いま、参院憲法審を動かす必要は全くないと考えます。
この日の審議の概略について、今回も『東京新聞』のウェブサイトに掲載された記事を転載させていただきます。
参院選の「合区」巡り、憲法学者から参考人質疑 参院憲法審査会<発言要旨>
『東京新聞TOKYO Web』2022年6月8日
参院憲法審査会は8日、参院選で隣接県を一つの選挙区にする「合区」を巡り、憲法学者2人から参考人質疑を行った。
広島大大学院の新井誠教授は合区に関し「地域の人々が『政治参加をしている』という実感を持ちづらくなるという問題がある」と指摘。上智大学の上田健介教授は「一票の格差」是正の面で一定の成果はあったが、合区導入後の投票率が低下傾向にあるとして「自分たちの県だけ一選挙区として扱われず、ないがしろにされているという感情によるものだと推察される」と分析した。
与野党の委員は都道府県単位の選挙区を維持する意義や、改憲による合区解消の是非などについて尋ねた。(佐藤裕介)
◆8日の参院憲法審査会での主な発言の要旨は次の通り。
【参考人の意見聴取】
新井誠広島大大学院教授
合区はいろいろな課題を抱えている。人口少数の隣り合う一部の県のみが対象とされていることに、不公平感、不満感がある。都道府県単位の選挙区の喪失によって、地域の人々が「政治参加している」という実感を持ちづらくならないか。都道府県は政治的、行政的単位として重要な位置付けを与えられてきている。選挙制度の考慮要素として重要ではないか。
合区はいろいろな課題を抱えている。人口少数の隣り合う一部の県のみが対象とされていることに、不公平感、不満感がある。都道府県単位の選挙区の喪失によって、地域の人々が「政治参加している」という実感を持ちづらくならないか。都道府県は政治的、行政的単位として重要な位置付けを与えられてきている。選挙制度の考慮要素として重要ではないか。
投票価値の平等は非常に重要だが、これを一義的に重視することによって、他の利益の喪失がないのか、考えるべきではないか。
地域の人々は、議員が全国民を代表することは否定していない。自分たちの地域から議員が出せないことに不安感がある。全国民代表の議論は、多角的民意を確保しようという議論だ。
合区問題を考えることは、参議院の役割、地域を基盤とする代表のあり方を考えることだ。
上田健介上智大教授
投票価値の平等の観点から、合区を評価することは可能だ。しかし、合区対象県の住民を中心に反発を引き起こし、投票率が低下した。自分たちの県だけ1つの選挙区として扱われず、ないがしろにされているという感情によるものだ。法の下の平等に反する事態と評価できる。投票価値の格差以上に深刻な不平等だ。
参院議員は都道府県代表だという認識が定着しているが、この意味は曖昧で、参院の実際の働きとの関係も見えない。合区により、都道府県代表という説明は破綻している。
参院の役割をどう考えるか。衆院と対等で同じ役割を果たすものだという方向なら、投票価値の平等も衆院と同様に求められる。他方、参院を衆院とは異なる形で民意を反映させるため、投票価値の平等にこだわらない選挙制度を考えるのなら、特に立法に関する決定権限を弱めるべきだ。
【各会派代表の質疑】
岡田広氏(自民)
投票価値の平等を求めていく過程で、都道府県の重みをどう考慮すべきか。
投票価値の平等を求めていく過程で、都道府県の重みをどう考慮すべきか。
上田氏
都道府県は憲法の規定には書かれていないが、現に重要な役割を果たしている。最高裁の基本的な考えも「投票価値の平等は唯一絶対だ」とまでは断言していないので、考慮しうる事項だ。
都道府県は憲法の規定には書かれていないが、現に重要な役割を果たしている。最高裁の基本的な考えも「投票価値の平等は唯一絶対だ」とまでは断言していないので、考慮しうる事項だ。
小西洋之氏(立憲民主)
参院が独自機能を発揮するため、都道府県選出の議員が必要だと国民に説明でき、活動できれば、違憲判決は想定しがたいか。
参院が独自機能を発揮するため、都道府県選出の議員が必要だと国民に説明でき、活動できれば、違憲判決は想定しがたいか。
新井氏
参院が都道府県単位の国のあり方に向き合い、さらなる制度を作って動いていくという強いメッセージを発することで、参院の論理の中に組み込まれていくのではないか。
参院が都道府県単位の国のあり方に向き合い、さらなる制度を作って動いていくという強いメッセージを発することで、参院の論理の中に組み込まれていくのではないか。
西田実仁氏(公明)
一票の格差のさらなる是正を図り、再拡大せずに持続していくために、取り組みを進めることの必要性は。
一票の格差のさらなる是正を図り、再拡大せずに持続していくために、取り組みを進めることの必要性は。
新井氏
投票価値の平等はとても重要だが、国民が「参加させてもらえないのでは」という感情を出してしまうとなれば、別の方法で何か考えなければいけないのではないか。
投票価値の平等はとても重要だが、国民が「参加させてもらえないのでは」という感情を出してしまうとなれば、別の方法で何か考えなければいけないのではないか。
足立信也氏(国民民主)
合区の解消も含めて、比例区と選挙区に分けることの是非は。
合区の解消も含めて、比例区と選挙区に分けることの是非は。
新井氏
比例区はいろいろな党派が出てこられるように、選挙区は地域からの参加を確保しようということがある。どちらのほうにかじを切るのかに重きが置かれるのではないか。
比例区はいろいろな党派が出てこられるように、選挙区は地域からの参加を確保しようということがある。どちらのほうにかじを切るのかに重きが置かれるのではないか。
浅田均氏(維新)
両院の権限関係はどのようにあるべきか。その上で、参院の性格や機能をどのようにすべきか。
両院の権限関係はどのようにあるべきか。その上で、参院の性格や機能をどのようにすべきか。
上田氏
国政で物事を決めることに、参院がどの程度の決定権限を持つのかが大きい。行政監視や中長期的な課題についての政策提案、参院は決定以外の部分で機能を発揮する。
国政で物事を決めることに、参院がどの程度の決定権限を持つのかが大きい。行政監視や中長期的な課題についての政策提案、参院は決定以外の部分で機能を発揮する。
山添拓氏(共産)
合区解消を正当化するための改憲論の合理性について伺いたい。
合区解消を正当化するための改憲論の合理性について伺いたい。
上田氏
憲法改正して合憲にすることは、形式論的には通るが、やはり、参院はどういう理念で、どういう代表を選ぶのかという中身の議論をきちんとする必要がある。
憲法改正して合憲にすることは、形式論的には通るが、やはり、参院はどういう理念で、どういう代表を選ぶのかという中身の議論をきちんとする必要がある。
渡辺喜美氏(みんな)
(比例代表で優先的に当選できる)特定枠の候補者は自分の選挙運動をやると選挙違反になるということだ。憲法違反ではないか。
(比例代表で優先的に当選できる)特定枠の候補者は自分の選挙運動をやると選挙違反になるということだ。憲法違反ではないか。
新井氏
比例代表の中で(拘束名簿式と非拘束名簿式という)対照的な選び方が併存している問題点がある。選挙制度としての理念が見えづらくなっているところはある。
比例代表の中で(拘束名簿式と非拘束名簿式という)対照的な選び方が併存している問題点がある。選挙制度としての理念が見えづらくなっているところはある。
*引用、ここまで。
合区の是非や「非」と考える場合の解消策は、憲法審査会だけの課題ではなく参院全体、あるいは国会全体で検討すべきテーマだと思いますが、実は参院ではその議論が行われていました。合区を含む「参議院の組織及び運営に関する諸問題」について調査検討するため、参議院議長の下に設置され、昨年5月から開催されてきた参議院改革協議会が、6月8日午前、参院憲法審に先立って13回目の会合を開いて報告書を取りまとめ、参議院議長に提出したのです。
以下、その内容に関連づけながら合区問題について報じた『西日本新聞』の記事を転載させていただきます。
「合区」解消議論進まず 人口減なら佐賀・長崎も対象
『西日本新聞』2022年6月11日
6月22日公示が想定される参院選を前に、隣接県同士を一つの選挙区に統合している「合区」解消の難しさがあらわになってきた。投票率の低下などを理由に見直しを求める声は根強いものの、選挙制度そのものの在り方に関わるため、選挙戦略や思惑も相まって各党間の隔たりは大きい。このまま制度が定着すれば、人口減に伴い対象県が拡大していくことも予想され、九州にも波及する可能性がある。
(中略)
導入から2回目となった前回19年の参院選では、対象4県のうち高知県を除く3県の投票率が過去最低を記録。徳島県にいたっては38.59%で全国最低となり、合区が政治への無関心を助長している事実を突きつけた。住民の政治参加や民主主義の根幹である民意の反映といった観点から、憲法学者の間でも合区に否定的な見解が強まっている。
それでも、国会での議論は進まず、むしろハードルの高さが顕在化している。
参院各会派の代表でつくる参院改革協議会は今国会で、合区に代わる新たな「1票の格差」是正のための措置を探ってきたが、目指していた合意形成は難航。8日に山東昭子参院議長に提出した報告書も各会派の意見の列挙にとどまり、議論は参院選後に持ち越されることになった。
選挙制度のありさまは各党の勢力図に直結するため、それぞれの主張が激しくぶつかり合う。多数派が強引に結論を導こうとすれば、「数の横暴」との批判も免れない。改革協は参院選前の対立を避け、先送りしたというのが実態だった。
実は改憲の要否は別にして、自民と立憲民主党は合区の早期解消で一致する。ただ、「身を切る改革」を一丁目一番地とする日本維新の会は、格差拡大と定数増につながるとして反対。強固な組織票を持つ公明党も全国を11に分けるブロック制を提唱する。当初から合区に反対してきた共産党は、比例代表中心の選挙制度への移行を主張している。
(後略)(河合仁志)

*引用、ここまで。
要するに参議院では議員たちだけで合区問題について成案を得ることができなかったわけで、このままでは合区の対象となる地域をさらに増やさざるを得なくなるかもしれません(そうしなければ、1票の格差について最高裁で違憲判決が下される可能性もあるでしょう)。
それを回避するために自民党が打ち出してきたのが下記の改憲案ですが、この日の議論では改憲しなくても二院制における参院の役割を明確にすることで都道府県単位の選挙区は維持できるとの見解やブロック制を導入する、議員定数を増やすなどの意見が出され、自民党の改憲案に賛同する会派はありませんでした。
それを回避するために自民党が打ち出してきたのが下記の改憲案ですが、この日の議論では改憲しなくても二院制における参院の役割を明確にすることで都道府県単位の選挙区は維持できるとの見解やブロック制を導入する、議員定数を増やすなどの意見が出され、自民党の改憲案に賛同する会派はありませんでした。
第47条 両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。
前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
第92条 地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。
この日の傍聴者は25人ほどで前回より増えましたが、記者は3、4人、カメラマンは1、2人と少なく、今回もTVカメラは入っていませんでした。
何人かの委員(ほとんどが自民党)がときどき席を外していましたが、衆院とは違ってこの日も全員が出席していました。

今国会の憲法審査会、ようやく終結。闘いはこれからだ!
さて、6月9日(木)には今国会最後の衆議院憲法審査会の開催が見込まれていましたが、8日夕方に立憲民主党などが岸田文雄内閣、細田博之衆院議長に対する不信任案を提出したことに伴い、9日にはこれらを審議ずる衆院本会議が開かれ、憲法審は行われませんでした。
このことについて、国民民主党の玉木雄一郎代表は「これで今国会での最後の憲法審査会の開催はなくなってしまった。我々が提案して週1回は開くことにして、17回目(引用者注:16回目の間違い)となる今日の審査会で緊急事態条項の骨子などを示し、最後のまとめを行うはずだったのに、それもできなくなってしまった。残念でならない」と述べたそうです(安積明子「立憲民主党の“自爆”…『不信任決議案パフォーマンス』で露呈した“薄っぺらさ”」『現代ビジネス』2022年6月11日による)。
衆院憲法審の毎週開催で本当に長く感じた今年の通常国会でしたが(このように感じたのは、実際に会期が記録的に長かった2015年の安保法制国会以来のような気がします)、これで一安心というわけにはいきません。
上記の玉木氏の発言に見られるように、改憲勢力の入れ込みぶりにはすさまじいものがあります(憲法審の開催回数を多めに言い間違えたのもその表れかもしれません)。それに対抗できるだけの力量を備えられるよう学習を深め運動の拡大に努めて、今後の改憲・戦争阻止の闘いに臨んでいきましょう。(銀)