5月9日(木)午前10時から11時30分頃まで、今国会5度目の衆議院憲法審査会が開催されました。実質審議は4回目で、この日も自由討議が行われました。
今回の傍聴レポートでは、まず、衆院憲法審の構成が少し変化したことを報告しておきます。それは、4月28日に行われた衆院議員補欠選挙において3つの選挙区すべてで立憲民主党の候補者が当選した結果、憲法審における立民の委員数が10から11に増え、そのあおりで有志の会の委員が0になったことです。ただし、すぐに自民党が委員の枠1つを有志に譲ることにしたため、有志の委員は引き続き憲法審に留まり、自民の委員数が28から27に減ることになりました。

消滅寸前の岸田の改憲スケジュール
私が、この日の審議でいちばん注目すべきだと思ったのは、表明された意見ではなく表明されなかった意見です。つまり、岸田首相が何度も繰り返してきた「私の自民党総裁任期中に改憲を実現したい」との発言を取り上げて、早く改憲条文案をまとめないと間に合わない、合意している会派だけで作業を進めるべきだと言い募る委員が、今回は1人もいなかったことです。今通常国会の会期末、そして岸田自民党総裁の任期切れが近づく中で、日本維新の会の委員たちも国民民主党の玉木雄一郎氏も、岸田発言に依拠して改憲スケジュールを言い募ることの非現実性をとうとう受け入れざるを得なくなったということでしょう。自民党総裁の任期を改憲のスケジュールに結びつけるくだらない議論を聞かされる苦痛がなくなったのは、とてもうれしいことでした。
次に、審査会前半の各会派代表1人ずつの発言の要旨を報じた『NHK』の記事を転載させていただきます。
衆議院憲法審査会 憲法改正の条文案めぐり議論
『NHK NEWS WEB』2024年5月9日
衆議院憲法審査会が開かれ、大規模災害など緊急事態での国会機能の維持について、自民党が憲法改正の条文案の作成に入るよう重ねて呼びかけたのに対し、立憲民主党は安易に国会議員の任期を延長すべきではないと主張しました。
自民党の中谷元防衛大臣は「緊急事態に国会機能を維持するための条文化について各党間で起草作業を行い、たたき台をもとに論点を深く議論すべきという意見があり、機が熟してきている。大事なのは幅広い会派が協議の場で賛否を含めて国民に論点を明らかにすることだ」と述べました。
立憲民主党の逢坂代表代行は「災害に強い選挙の在り方を十分に検討する必要があり、安易に議員任期の延長を行うのは順序が逆だ。任期を延長する事由などを誰がどう判断するかによって立憲主義を大きく毀損する可能性もある」と述べました。
日本維新の会の三木圭恵氏は「緊急事態における条文案の起草作業に進むべきだという意見に賛成だ。起草委員会を作ること自体に反対するイデオロギーに縛られた政党間の足の引っ張り合いに時間を費やすのは、むだな作業だ」と述べました。
公明党の河西宏一氏は「新型コロナなど大規模な緊急事態に近年直面し、立法府がどう応えていくかが問われている。任期延長の条文案について、たたき台をもとに議論すべき段階を迎えている」と述べました。
共産党の赤嶺政賢氏は「毎週のように憲法審査会が開かれ、改憲議論をあおる主張が繰り返されてきた。9条を変えるべきではないという世論が多数を占める事実を重く受け止めるべきだ」と述べました。
国民民主党の玉木代表は「来週からはすべての会派を入れた起草委員会を設置し、緊急事態における国会機能の維持を可能とする条文案作りに着手することを求めたい」と述べました。
* 引用、ここまで。
玉木氏(国民)の問題発言、古屋氏(自民)の問題外発言
岸田首相の改憲発言への言及こそ影を潜めたものの、上掲の記事にあるように、「地獄行こう」(自・国・維・公)の委員たちが起草委員会を作って議員任期延長の緊急事態条項の条文案を議論しようと口をそろえる状況は変わっていません。
玉木雄一郎委員(国民)に至っては、昨年5月18日の衆院憲法審に参考人として出席した憲法学者の長谷部恭男氏の名前を挙げてこんな失礼なことまで述べているのですから始末に負えません。
「学者と私たち国会議員との間には根本的な違いがある。学者は既存の条文の解釈を出発点として現状を説明する学説を組み立てるのに対して、立法者である国会議員は蓋然性が低くても可能性がある限り国民の生命や権利を守るためあるべき法制度を構築する責任を負っている。
危機に備えるかどうかを決めるのは学者ではなく、国民の生命や権利を守る責任を負った国会議員をおいてほかにない。私たちが決めない限り答えは出せないのだ。」
何をどう考えたらこんな高慢な発想が出てくるのか、本当に腹立たしく思いました。

何をどう考えたらこんな高慢な発想が出てくるのか、本当に腹立たしく思いました。

続いてもう一人、自民党内での役職の高さと発言内容の程度の低さとの落差に恐ろしさを覚えた人物を紹介しましょう。それは自民党憲法改正実現本部長の古屋圭司氏で、こんなことを言っていました。
「憲法を改正できるのは主権者である国民の皆さんだが、憲法改正に賛成か反対か、国民の皆さんによる判断の場、すなわち国民投票に参加し主体的に意思表示する場を奪っているのが現状だ。これは国会の不作為と言っても過言ではない。」
こんな中身のない意見を堂々と開陳して何か言ったような気分になっている人物が自民党憲法改正実現本部長の座に就いているのです。
根拠のあやふやな「選挙困難事態」
玉木氏が「蓋然性が低くても可能性がある」と言っているのはいわゆる「選挙困難事態」のことですが、本庄知史幹事(立民)は、その根拠が極めて薄弱であると指摘しました。以下、本庄氏のホームページに掲載されている「国会質問アーカイブ」から要約して転載させていただきます。
「『選挙困難事態』について、全国の広範な地域で相当程度長期間選挙が実施困難な事態ということが現実問題としてあり得るのか、あり得るとしてそれはどれぐらいの可能性なのか、未だ説得力ある科学的検証は示されていない。
先ほど中谷元幹事(自民)より、東北ブロックで国政選挙ができなければ『全国で広範な地域での選挙実施困難』に該当する旨の発言があったが、私はそうは考えない。これは判断の問題であり、同じ事例でもそれが『選挙困難事態』か否かで見解を異にしているということだ。
また、『福島で原発事故が起こり、帰還困難で1年も2年も帰れないような地域の選挙は一体どうしたらいいのか』との発言もあったが、繰延投票、不在者投票、避難先での投票など、議員任期の延長によらない対応策はいくらでも考えられるのではないか。
河西宏一委員(公明)からは『東日本大震災では、岩手・宮城・福島の被災3県に加えて、茨城県水戸市の市長選、市議選が延期されている』との指摘があったが、水戸市長選は33日、市議選は29日の延期であり、仮に国政選挙で同様の状況があっても繰延投票等で十分対応できる範囲だ。
中谷幹事からは『自衛隊の出動の国会承認において一刻を争うときに国会が開かれないというのは、まさに緊急事態における対応ができない一つの例だ』との発言もあったが、自衛隊の出動は国会の事後承認でも認められており、不都合は生じない。
このように、各委員の発言を取り上げても、私には議員任期延長の必要性が示されているとは思えない。」
「参政権」を奪う議員任期の延長
本庄氏は、上掲の発言に続いて、議員任期の延長が重大な権利侵害を招くことを主張しました。続けて要約、転載させていただきます。
「日本国憲法の三大原則の一つである国民主権に由来し、憲法第15条で保障される国民の参政権、選挙権は最も重要な基本的人権であり、議会制民主主義の根幹をなすものだ。国会議員の任期延長とはこれを制限することにほかならない。特に、被災地以外の有権者にとっては重大な権利侵害だ。
公共の福祉や安全保障のために、基本的人権や個人の権利が制限されることは当然あり得るが、それは他の取り得る手段を追求した上で、両者を比較衡量した結果導かれるものだ。
しかし、現在の議員任期延長の議論ではその必要性ばかりが強調され、選挙権の制限や議会制民主主義の形骸化、ひいては国民主権の侵害といったデメリットやリスクについて十分な考察や議論がなされているとは言えない。
また、議員任期の延長で国民の参政権、選挙権を制限する前に、災害に強い選挙体制の整備など他に取り得る手段について十分な議論や検討も行われなければならないが、現在の政府や国会でそういった取り組みがなされているとは言えない。」
そして、本庄氏は下記のように議論を締めくくりました。私は、説得力に富んだ指摘だと思いました。
「以上のとおり、議員任期の延長に関する現在の議論は、そのデメリットも代替措置も十分に議論・検討されないまま、もしかしてあるかもしれない極めて小さな可能性にことさらに焦点を当てて、その打開策を議会制民主主義にとって最後の手段とも言える議員任期の延長に安易に委ねている。条文案に基づく議論の段階に達しているとはとても言えず、さらに深掘りした議論をていねいに重ねるべきであると考える。」

不透明な憲法審の行方
この小見出しは、前々回、前回の表題と同じです。岸田首相の自民党総裁任期中の改憲発議が遠のいたことは喜ばしいのですが、もう少し長いスパンで見れば、自民党を中心とする改憲勢力が体制を立て直して、自衛隊・自衛権の明記、緊急政令・緊急財政処分を可能とする緊急事態条項の新設を推し進めようとしてくることは間違いないでしょう。
この日も、衆院憲法審に4人もいる防衛大臣経験者の一人、岩屋毅氏(自民)は以下のように述べていました(他の3人は石破茂、中谷元、稲田朋美の各氏です)。
「憲法改正の最大の焦点は9条となるだろう。戦後政治の最大の対立軸は9条をめぐってのものだった。それは55年体制が終わったはずの今も続いている。
しかし、まもなく戦後80年になろうとしている。安全保障に関して、観念論ではないリアリズムに立脚した議論を行っていくためにも、私たちはそろそろここを乗り越えていく必要がある。」

実際の国会は、憲法審査会の委員会室を一歩出れば、憲法違反で戦争法と言える悪法が次々と成立させられているのが現実です。腹立たしい限りですが、私たちはできることをやり続けるしかありません。職場や地域で戦争動員拒否を貫きましょう。9条明文改憲は絶対に阻止しなければならないし、それは可能だという確信を持ってこれからも声を上げ続けていきましょう。
この日の傍聴者数は、前回より増えて約40人でした。記者も開会時には前回より多い8人が記者席に着いていましたが、すぐに4、5人になりました。
委員の出席状況は、自民党は前回より良くなって欠席者が2~4人くらいの時間が長かったです。その他の会派では、立民の委員が1~3人席を外している時間がありました。(銀)