とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

2012年09月

9月25日、鳥取地裁の裁判員裁判に対し、東京から駆け付けられた高山俊吉弁護士、裁判員いらなインコさんを先頭に、広島・岡山の仲間も結集して地裁前で抗議行動を展開しました。
この裁判員裁判は、全国でも2番目の75日間にも及ぶ長期の裁判員裁判で、全国的に注目を浴びていました。鳥取地裁は当初予定していた裁判員候補者600人に急遽100人を増やし700人にしたのですが、最終は79人に。それでも欠席・拒否でやっと6人の裁判員を選任したのです。既に裁判員制度は破綻しています。

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早朝から大雨洪水注意報が出る中、23の傍聴席を求めてシルバーセンターや、バイト、知人から依頼を受け等々の理由で地裁へ来た老若男女1115人の人々が地裁にごった返していました。

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その傍聴希望者を前にしての高山弁護士の1時間余りにわたる演説はマスコミを含め千数百人が聞き入りました。演説が終わると聞き入っていた傍聴希望者から大きな拍手が湧き起こりました。これは圧巻でした。
いかに裁判員制度が極悪な制度であり、廃止しなければならない制度であるかということが多くの鳥取県民に明らかになった証拠でもありました。「弁護士のおっしゃる通りだ!」「全く同感だ。」「なくさないといけない。」「反対だ。」と話していく人々が沢山ありました。(抗議行動の熱気で雨も上がりました。)

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午後2時からは「高山俊吉弁護士・講演学習集会」を行いました。高山弁護士は、「破綻した裁判員制度 廃止を!」と題して講演。裁判員制度の仕組みの解説から「制度廃止への道」を明らかにされ、共に闘いましょうと訴えられました。高山弁護士の訴えに全参加者は裁判員制度廃止を勝ち取るまで闘いぬくことを誓い合いました。

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余談…地裁前抗議行動後インコさん、高山弁護士を先頭に鳥取の目抜き通りを地裁前から鳥取駅前まで、横断幕、幟を持ち練り歩きました。インコさんは注目の的。商店からも声がかかり、小さな子どもたち、若者から握手や声をかけられました。

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その後、鳥取大砂丘でも裁判員制度廃止の大宣伝を繰り広げました。インコさんはラクダに乗り、ラクダさんから廃止まで闘おうと激励されました。(山陰連絡会、池本俊子)

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先日、九州・福岡での9.23原発再稼働反対集会の報告を掲載しましたが、北海道でも9.22に泊原発再稼働反対の全道集会がありました。北海道から届いたお便りを紹介します。

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北海道の夏はいつもにない猛暑であったが、夏の節電期間が9月14日に終わり、泊原発全3基(出力計207万kw)が停止する中でも計画停電は回避された。供給予備率が厳しいときで7%というから、かなり余力があったと言える。
北海道の電力消費の最も多いのは本州と違って冬になる。厳寒期の暖房や道路の凍結防止のロードヒーティングなどで冬期が電力の最大需要期になる。それを口実に北海道電力泊原発の再稼働を全国の原発再稼働の突破口にしようとの目論見が政府にある。

泊原発の再稼働を断じて許さず、その再稼働を押しとどめることで、この国のすべての原発の停止を実現させようと『子どもたちの未来に原発いらないしょ in とまり』の全道集会が、9月22日(土)正午から泊原発の正門前にある堀株(ホリカップ)海水浴場で開催された。抜けるような快晴だが、猛暑(北海道では30℃以上をいう)が一段落した昼下がり、全道各地から600名が集まった。私たち室蘭からは7名が車に乗り合わせ、3時間かけて駆けつけた。
集会は岩内原発問題研究会の佐藤英行さんの開会あいさつの後、呼びかけ人代表の斎藤武一さんが基調報告として40年前5000円で購入したというギターで大型紙芝居を横に叫ぶように歌いだした。30年間のたたかいをアイロニーとユーモアを交えてのだみ声は満場の喝さいを浴びた。「本当だぜ、希望の鐘の音は海から聞こえる」と閉めた。

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続いて、枝野経産相が工事再開を承認した電源開発大間原発に反対する函館市の「大間原発訴訟の会」から報告があった。函館は大間原発から津軽海峡をはさんで23kmという至近距離にある。青森市より相当近いのだが立地道県とはならない。しかも大間原発は混合酸化物(MOX)燃料を全炉心で使う世界初の商業炉だ。安全性に強い懸念があり、割高で経済的ではなく、核燃料サイクルは破たんしている、と訴えた。
福島の女性からは悲痛な現地報告があった。

「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の佐藤幸子さんもアピール
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“泊原発の廃炉をすすめる会”の小野有五さんは沖合いを指差し、「あの先からこちらの原発まで活断層が走っている」と指摘、現場での話なので背筋が凍った。
最後に、泊原発正門前で「子どもたちの未来のために、泊原発の再稼働に反対します」との集会決議を読み上げ、「原発いらない!」のシュプレヒコールの響く中、北電担当者に手渡した。
会場内を歩いてみると、久しぶりの全道集会なので各地から集まった懐かしい面々と再会を楽しむことができた。古くからの仲間と会えるのは力をもらえる。

首相官邸前の脱原発行動に呼応して、北海道でも札幌、函館、旭川、釧路、帯広にて脱原発行動が続けられている。私の住む室蘭でも2ヶ月に1度の“憲法ウォーク”を「この時期は“脱原発”で月1やろうよ」との提案を検討中。でも9月15日の“憲法ウォーク”を“脱原発”に特化して呼びかけ、25名で人通りのない「繁華街」の歩道でシュプレヒコールをあげて歩いた。(北海道 増岡)

      9/18付室蘭民報より
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前回(7/16)の豪雨の中とは打って変わって、さわやかな秋空になった9月23日、さよなら原発!福岡集会(実行委員会主催)は、デモに出る頃には2500名の結集となって、福岡市内を“原発いらない”の声でうめつくしました。がんがん音楽をならし、踊りながら「原発いらない」を叫ぶサウンドデモ隊のトラックを先頭にした長蛇の列のデモ隊に、沿道の市民は「そうだ、そうだ」の声で呼応してくれるなど市民の注目は抜群でした。今回はどんなに集まっても1コースにしようと実施したのですが市内を反原発の声で埋め尽くすという点では成功しました。とりわけてデモ隊のすべてが九電本社包囲をし抗議の声を上げてから解散するというやりかたは誰もが闘った実感をもつことができて、今後継続したい形態です。

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冷泉公園での1時間の集会では、何よりも福島と連帯した集会にしようと実行委員会で話し合い、冒頭にハイロアクション福島の宇野さえこさん(福島から避難)が登壇しました。彼女は、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク代表の佐藤幸子さんのメッセージを読み上げて、福島が今もまき散らされ続けている放射能に苦しみ続けている現状を報告し、原発再稼働阻止!原発廃炉!の叫びは、最初からヒートアップしました。

そのあとに、ゲストのミサオ・レッドウルフさん(首都圏反原発連合)が、この間の首相官邸前の金曜日行動の様子を報告し、「続けていく」「11・11には100万人で大占拠だ」とのアピールに大喝采!会場からの質問に答えるという中で、がれき問題をどう考えるかという質問に対しては、「連合でまとまっていない。個人的には反対」という意見でした。
実行委員会では共産党などが北九州市の受け入れに賛成しているため、なかなか反対の意見で一致できていないのが残念ですが、今日の集会には17日の北九州市の放射性がれきの本焼却に焼却場前で抗議行動を行った人たちが横断幕やボードをもって参加している姿が見られ、うれしかったです。

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NAZEN福岡の隊列では、デモコールの中で「原発いらない」に「がれきもいらない」を付け加え、多くの人が唱和していました。実行委員会には、NAZEN福岡、福岡県連絡会も参加して闘い抜くとともに、「内部被曝を斬る!10・14反原発集会」のビラを1000枚撒いて参加を訴えました。(福岡県連絡会 W)









 米軍の新型輸送機オスプレイの沖縄配備と飛行訓練に反対する集会とデモが22日、新潟市でにぎやかに行われた。デモを行ったのは地元の市民運動グループで作る「オスプレイNO!だ実行委員会」。百万人署名運動新潟県推進委員会も加わった。

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 新潟では県境付近で飛行訓練が計画と報道されており、40人余の市民や労働者らが参加、JR新潟駅前から目抜きの古町十字路まで歩いた。参加者は「オスプレイ配備反対」と大書された横断幕を持って、それぞれメッセージボードを持ちながら1時間30分にわたりパレード、街頭から「沖縄への配備は許せない、新潟からも反対を表明しよう」などと呼び掛けた。途中、中学生2人がデモに飛び入り参加した。

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 県内ではこの問題をはじめ、原発反対・柏崎刈羽原発の再稼動反対、放射能を含んだ震災がれき処理問題などが取り組まれている。デモ参加者がそれぞれ、ハンドマイクからコールの呼び掛けをしたり、街頭に向けアピールしたりして危険な輸送機の配備反対、戦争への道に反対する思いを訴えた。この街頭行動を民間TV報道と新聞社が取材、報道された。

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 百万人署名運動県推進委員会は県に反対申し入れを行っており、県は回答を検討中。一方、県はメディアの取材に、オスプレイの県内試験飛行について目撃情報を取りまとめる対策を公表した。(新潟県推進委員会・片桐元)











14日の金曜日も、首相官邸ー国会前ー経産省前ー文科省前、霞ヶ関一帯には多くの人々が集まってきました。首相官邸方向に向かって「財務省上」交差点手前左側の合同庁舎第4号館前には3週間ほど前からデモ主催者側のステージが置かれています。この合同庁舎の中に「原子力規制庁準備室」と「細野大臣の執務室」があるとのことで、規制委員会の「人事案撤回!」、特に5人のうちの3人の名前[田中俊一、更田(ふけた)豊志、中村佳代子]をあげて「やめろ!」とコールを繰り返していました。

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たまたま隣になった30歳代の男性が「久しぶりに参加しましたが、たくさん集まっていますね。やっぱり、いま行動しなければだめですよね。」と言ってきました。お話していて、いま行動しなければ、大変なことになる!という危機感や、ここにくれば同じ思いの人々に会える、という思いが伝わってきました。

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myプラカードとmyトラメガ持参のOL風の女性たちもいました。

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午後8時までの抗議行動のあと、8時15分から「福島老朽化原発を考える会」や「国際環境NGO FoE」などが呼びかけてさらい抗議行動が続きました。
発言者らは「大変なことが行われようとしている」「原子力村側の人たちによる人事の強行で、原発を次々に動かそうとしている!」と、危機感と怒りで訴えました。

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人事の問題もさることながら、この「原子力規制委員会」なるものがくせ者です。そもそも名前がインチキなのです。これまでの行政から独立して何か原発推進を留めるかのような煙幕を張っていますが大ウソ。その正体が人事案に現れていて、みんなが怒っているのです。

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     ネコも怒っている!

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文科省前でも、子どもたちを避難させろ!と抗議行動がありました。

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この日にまとめられた政府のエネルギー政策には、何と「30年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」とされています。原発再稼働容認、再処理も継続です。翌日の15日、枝野経産大臣は青森に飛んで建設中の大間原発の工事は継続すると青森県知事に約束。本当に許せません!
再稼働反対!原発なくせ!の声と行動をさらに全国で強めましょう!(S)









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