許すな!憲法審査会

「とめよう戦争への道!百万人署名運動」ブログを改めて、改憲の憲法審査会動向をお伝えしていきます。百万人署名運動は、「改憲・戦争阻止!大行進」運動に合流しました。

2012年03月

 「公務員の政治的行為の制限に係る法整備」をテーマに 3月15日(木)朝9時から、衆議院で憲法審査会が開催されました。
 前回と同様、今回も、会議の内容以前に開催の経緯に大きな問題がありました。まず指摘したいのは、同時刻に他の委員会が開催されていたためか、欠席したり途中で入退場する委員が目立ち、委員の出席率がかなり低かったことです(開会時はかろうじて過半数、いちばん多いときでも8割に達せず、特に自民党は終始半分以上が空席でした)。

 また、前回もそうでしたが、衆院憲法審査会のホームページに開催の日時が告知されたのが前日で、そのこともあってか傍聴者は少なく十数人しかいませんでした。そんな中でも、百万人署名運動では西川事務局長をはじめ5名で傍聴してきました。

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傍聴前の西川事務局長


 今回は、「公務員の政治的行為の制限と国民投票運動をめぐる問題」について、関係省庁(国家公務員に関しては人事院、地方公務員は総務省)の幹部が説明し、それを受けて自由討議(質疑、意見表明)が行われました。なお、この問題は国民投票法制定時の「宿題」のひとつであり、同法の附則11条に、「国は、この法律が施行されるまでの間に、公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう、公務員の政治的行為の制限について定める国家公務員法、地方公務員法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」と規定されています。

 公務員の政治的行為のあり方はそれ自体重要なテーマであり、議論の内容はそれなりに興味深いものでした。発言した委員の立場は、本来公務員の政治的行為は自由であるべきで現在の制限は過剰であるというものから、国民投票に際しても職種(自衛官・警察官、判事・検事、教員等々)や地位に応じた厳しい制限が必要であるというものまで、様々でした。

 また、現在の制限の根拠となっている国家公務員法と人事院規則、地方公務員法の制定過程、インターネットを利用した運動との関係、あるいは仮に一定の規制を課すとすればどこがそれを行うのか(選管か警察か)、実際問題として政治的行為が制限される国政選挙や地方選挙と政治的行為を許容する国民投票を同時に行えるのかといった技術的な問題点まで、多岐にわたる論点が提起されました。公務員の政治的行為に関しては、敗戦後のGHQの占領政策の都合から制限を「押しつけ」られたものであり、「押しつけ」られた現行憲法を非難する改憲派がこのことに頬被りしているのは一貫性を欠きおかしいと思いました。

 なお、前回議論された選挙権年齢・成人年齢の問題では諸外国(特にいわゆる先進国)の事例に言及しながらの発言が多かったのに対して、今回はそれがほとんどなかったのは、日本における公務員の政治的活動の制限が特殊例外的に厳しいものであることを考えると、残念な気がしました。

 今回の審査会は、予定時間よりやや遅れて始まってかなり早く終了し、審議の時間は正味90分ほどでした。一部の委員が関係省庁(人事院、総務省)に実務的な検討の深化、スピードアップを求めたのに対して、省庁の側は「審査会でのご議論を踏まえて法改正など必要な措置を検討したい」という受け身の姿勢であり、選挙権年齢・成人年齢の問題と同様、現時点では今後急速に法制度改正等が進められるという情勢ではないように感じました。(G)












郡山市開成山野球場の大集会は、雪・雨ではないが青空でもないという、原発反対運動の成果を象徴する天候の中でおこなわれた。寒かった。全国から集まる福島との連帯の組合員・市民運動家は球場からあふれ出、1万6千人にふくらんだ。

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「帰りたいけれど帰れない」という福島の歌声。詩の朗読。前半のもりあがりは、何といっても、命・愛・ふるさとを歌う加藤登紀子さん。日本全国百万人以上のデモをする人々に届けようと、百万本のバラを歌い、大拍手。オール・ユー・ニーズ・イズ・ラブを歌うと、観客は続々と立ちあがり手をたたく。踊り出す者も出現し「原発はいらない」の大集会は寒さをふきとばした。

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郡山市に車で入り、球場まで歩いた。たどり着くまでの放射能の最高数値は1.7マイクロシーベルトだった。そのような中で、集会主催者の話、呼びかけ人の紹介。そして、大江健三郎さんのユーモア・誠実さがにじみ出た笑いと拍手の連帯のあいさつがあった。世界の大江さんの「政治的、経済的、国防的目的があっても、人間の生をさまたげてはいけない」という言葉は、大変に重いと思う。
県民たちが続々と訴えた。途中で、午後2時46分、多数の死者に対して黙祷をささげる。
「津波が来るので高台に逃げた。下界は地獄。言葉が出ない」「希望がもてる政治がない」「原発がなければ福島から離れることはなかった」という悲痛な声に、ただ絶句。「がんばろう日本、ではなく、変えよう日本でなくては」という県民の訴えが印象的であった。「福島のことを日本全国へ、全世界にも訴えたい」という願いに、原発の廃炉を決定したドイツの人々が千羽鶴を贈り応えてくれた。
集会宣言には、「原発はいらない!」これは、みずから被害者となった福島県民の痛切な叫びです、と書かれている。1万6千人の大デモ。日本全国からの福島との連帯、原発反対運動が広がれば、必ず廃炉になると確信する。来年の3.11は、絶対にポカポカの晴れだ。(賛同人S.T)

デモは3コースに分かれて行われた。
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3月4日(土)昼頃、上野公園入り口前で、原発再稼働に反対しよう!3.11福島県民大集会に参加しよう!と訴えて、署名活動をしました。4人でしたがどこから見ても原発反対の宣伝隊だとわかるようにめいっぱい飾り立てての出で立ちです。

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この日も、忙しそうに通り過ぎていく人が圧倒的に多かったですが、積極的に「署名をします」と言ってくる方も多くいました。そして、その中には福島から子どもを連れて疎開してきている若いお母さん、津波で親族を亡くし疎開してきたがまだ仕事が見つからないと言っていた中年のお父さん、実家が福島の浜通りにあると言っていた若い女性など、福島の人々が多かったのが印象的でした。かける言葉が重たかったです。また長野県には疎開者が6000人ほどいるそうですが「私の家にも来ています」とう長野の方もいました。被爆地・長崎から出かけてきた方もいました。改めて街頭署名は本当に切実に感じている人が署名をしてくれるのだなと思いました。

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3.11大地震からまもなく1年が経とうとしています。甚大な被害は、今なお未解決のままです。被災地の人々の悲嘆、憤怒は計り知れません。とりわけ福島県は放射能によって生活を破壊され苦しんでいます。
そのフクシマから「もう絶対に原発はいらない!」と、3月11日に福島現地での大集会&デモが呼びかけられています。福島の女たちは前日の10日にも「地球(いのち)の集い」を企画し、熱烈に「すべてのいのちを守れ!」と発信しています。この叫び、祈りとつながりましょう。可能な方は、3月11日、ぜひ福島・郡山に行きましょう!(Se)

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3月1日に、朝鮮学校への差別を許すな!「高校無償化」即時適用を求める文科省包囲行動と渋谷デモがあり、参加しました。
卒業までに実現を!と願う多くの労働者市民・学生が文科省前に集まり、午後4時ごろ文科省建物を包囲。その後要請団が文科省の中へ入り、建物の中と外で「朝鮮学校に『無償化』を即時適用せよ」と力の限り要請しました。

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外の集会で発言した今は朝鮮大学生となったSさんは、高校無償化から朝鮮学校だけが排除されたことについて「こんな侮辱を受けて差別を受けたのは初めて。僕が暮らしてきた人生を否定された思いだ」と言っていました。日本の政治と社会のありようをえぐられる思いです。でも「これからも堂々と在日朝鮮人として生きていきたいと思います。手を取り合って、高校無償化を実現する社会をつくりましょう」と元気に言い切る姿に、日本の若者が大きく合流して欲しいと願いました。

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包囲行動に韓国から詩人・画家・書家のキム・ボムジュンさんも駆けつけました。(写真下・発言者)

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道路の反対側では「日の丸」を掲げた集団がマイクで、「日本から出て行け」等叫んでいました。中に「取り戻せ!拉致被害者と国家の誇り」と書いたノボリがありました。拉致被害者家族の心の痛みがわかる人々がなぜ、不当な教育差別を受けて傷ついている子どもたちの心の痛みがわからないのでしょうか。「国家の誇り」とありますが、国益の名をもって大資本が救済され自分たち労働者が非正規にドンドン突き落とされている現実の日本の国を誇れるのでしょうか。

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最後にみんなで、力を合わせて無償化を実現しようとシュプレヒコール
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さらに6時過ぎから代々木公園で抗議集会。「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する連絡会とフォーラム平和・人権・環境、朝鮮学校保護者の会の共催です。

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オモニ会のお母さんは「嫌がらせのニュースが流れると、無事に子どもたちが帰宅するのか心配でなりません」「差別を許す日本の社会に問題がある」と訴えました。

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集会後、渋谷の街をデモでアピール。朝鮮学校の生徒たちも大勢参加し2000人近い大きなデモとなりました。

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3月1日は93年前(1919年)日本の朝鮮植民地支配に抗して多くの朝鮮民衆が独立を求めて立ち上がった日でもあります。現在、この3月1日から有事を想定した米韓の大規模な軍事演習が韓国全土で行われています。これは北朝鮮に対する戦争挑発でもあります。朝鮮半島での軍事緊張が強まる中で、改めて朝鮮・アジアへの日本の侵略加害の歴史と向き合い、戦争に絶対反対し、差別排外主義を許さない取り組みを強めましょう。(Se)

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2月29日(木)、参議院で今国会2回目の憲法審査会が開催され、西川事務局長をはじめ計6名で傍聴してきました。
今回の審査会は、国民投票法附則に規定された「宿題」のうち①18歳選挙権実現等のための法整備、②公務員の政治的行為の制限に係る法整備の2点について、参考人(①は内閣官房、総務省、法務省、②は総務省、人事院の担当幹部)から説明を受け、質疑を行うというものでした。この2つの「宿題」は、いずれも国民投票法の施行(2010年5月18日)までに法整備を行うとされていて、その期日を過ぎたまま放置されている状態にあります。

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前回と同じく今回の質疑でも、小坂憲次会長はまず社民党の福島みずほ氏と共産党の井上哲士氏に発言の機会を与え、この2人は公務員の政治的行為について、そもそも現行の国家公務員法、人事院規則による制限は過剰、不当なものであると指摘しました。ところが次の発言者である中川雅治氏(自民党)は「日本の若者は幼稚であるから、選挙権年齢、成人年齢を18歳に引き下げることは疑問だ」という意見を述べて論点をずらしてしまい、その後も各委員が好き勝手に持論やその場での思いつきを開陳するという流れになりました。これは中川氏に非があったわけではなく(上記の意見の知的水準は別として)、2つの「宿題」を一緒くたにして審議しようという憲法審査会の運営のあり方に無理があったと考えざるを得ません。つまり、審査会の大勢を占める改憲派にとって今回は2つの「宿題」について審査会で議論しましたよという形式を整えることだけが目的であり、面倒な問題はサッサと片付けてできるだけ早く具体的な改憲案の審議に入りたいという思惑が見え見えであったということです。

このことを反映してか、今回の審査会は発言者が少なく終了予定時間より30分近く早く終了し、これまで改憲論を振りかざしていた西田昌司氏や山谷えり子氏も発言しませんでした。また、今回は委員どうしが私語を交わす場面が目立ち、国権の最高機関であるはずの国会で最高法規である憲法をめぐる問題について議論しているのだという責任感や緊張感はまったく感じられませんでした。(G)

●日本国憲法の改正手続に関する法律 附則
第3条 国は、この法律が施行されるまでの間に、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法(明治29年法律第89号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。
2 前項の法制上の措置が講ぜられ、年齢満18年以上満20年未満の者が国政選挙に参加すること等ができるまでの間、第3条、第22条第1項、第35条及び第36条第1項の規定の適用については、これらの規定中「満18年以上」とあるのは、「満20年以上」とする。

第11条 国は、この法律が施行されるまでの間に、公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう、公務員の政治的行為の制限について定める国家公務員法(昭和22年法律第120号)、地方公務員法(昭和25年法律第261号)その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。

●国民投票法案は、18項目もの問題事項を残したまま、2007年5月14日に強行採決・可決された。9条改悪まっしぐらにレールを引くことになる悪法、その実態である憲法審査会は憲法改悪への危険な装置と言えます。

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