とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

2009年06月

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 7月1日発行号の「百万人署名運動全国通信」ができあがりました。今号4~5面は核問題に詳しい吉田義久さん(元相模女子大教授)へのインタビュー記事です。オバマ大統領の「プラハ演説」と、それを賛美した日本共産党。他方で北朝鮮への非難の大合唱、ついには北朝鮮のミサイル基地攻撃を公約とする幸福実現党まで出現しました。このような情勢の中で、今年の8・6ー8・9反核闘争の課題について考えてみました。

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 吉田さんは、「プラハ演説」で真に言われていることは、アメリカの核独占の再強化であり核廃絶では全くないこと、既成の反核運動・原水禁なども大国の「核抑止力」を認めてしまっていることなどを明らかにし弾劾しています。
 また、1945年8・6ヒロシマー8・9ナガサキへの原爆投下に対して、翌年にアメリカの港湾労働者(国際港湾倉庫労働組合=ILWU)がこれを批判してデモをやっていたことが紹介され、帝国主義の核政策で分断されている世界の労働者が連帯・団結していくことの重要性を指摘しました。

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 田母神前航空幕僚長が8月6日、広島市内で「ヒロシマの平和を疑う」と題して講演をすることがわかりました(主催は日本会議広島)。持論である日本の核武装の必要性についても言及するそうです。核と核戦争への怒り、核廃絶の願いと8・6ヒロシマの闘いを圧殺しようとするもので許せません。

 このような動きの中で、今年の8・6ヒロシマ大行動は、とても重要な闘いとなりました。世界的な大恐慌が始まり改憲と戦争の攻撃が強まっている中でこそ、労働者民衆が一体となって大資本・大国の核政策、核戦争策動と闘うときです。8・6ヒロシマ、8・9ナガサキをくり返すな!この叫びを、今こそ全労働者民衆の叫び・闘いにしましょう。

●「百万人署名運動全国通信」購読申し込みは
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とりあえず、最新号を宣伝紙としてお送りします。

被爆64周年、8・6ヒロシマ大行動
【とき】8月6日(木)正午~集会、午後3時~デモ
【ところ】広島県立総合体育館小アリーナ(平和公園近く)
【主催】8・6ヒロシマ大行動実行委員会(tel.082-221-7631)












 本日(6/19)午前中の参議院本会議で、海賊対処法案は否決されました。しかし、午後からおこなわれた衆議院本会議で、「再議決の動議」が出され可決、再度採決がおこなわれ、結果、出席議員の2/3以上の賛成で可決、成立が強行されました。
 日本を再び戦争国家にしないため「歯止め」となってきた憲法9条が、実質的に絞殺された瞬間でした。国会論議で与野党が決して明らかにしなかったこと、それは、ソマリア沖でおこなわれている戦争作戦でした。EUとNATOが連携強化して、アデン湾から南方の西インド洋上セージェル沖まで作戦地域を拡大しており、この作戦に日本のP3C哨戒機が加わる可能性があります。「海賊対策」と称して、ただ船舶を護衛するということに留まらず、「摘発掃討作戦」に陸海空自衛隊が参加していくことになるのです。身震いがする思いです。

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 多くの人々が国会前にかけつけ、「再可決するな!」と抗議の声をあげました。私たち百万人署名運動も、反戦共同行動の皆さんと一緒に昼からの抗議集会・シュプレヒコールで反動国会を弾劾し抜きました。緊急の呼びかけでしたが、千葉・神奈川・三多摩・杉並・北部・南部などの連絡会から仲間がかけつけました。発言の中で多くの人が、こんな翼賛国会の中で私たちの未来を決められるのを拒否する!職場で、地域で、学園で、自分たちの闘いでこんな社会を変える力をつくっていこう!と訴えていました。(事務局S)

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         思い思いのメッセージボードでアピール
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          ビラもまきました
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 6月14日(土)に東京で、闘う労働者の全国集会がありました。百万人署名運動の賛同団体でもある動労千葉(国鉄千葉動力車労働組合)が呼びかけたものです。会場は代々木公園NHK側の路上で、太い道に大きな演台をこしらえた文字通りの「野外ステージ」、とても開放的なところでした。全国から2100人が集まりました。
 労働者・労働組合が職場で資本と闘いながら、それと一体の問題として改憲阻止、麻生内閣打倒を掲げて全国から集まるというのは、やはりすごいなあと思いました。それに加えて今回は、法政大の学生に対する大弾圧に抗議する闘いも含まれていました。これについては基調報告の中で「法大で起きていることは歴史的な事件。戦前1925~26年にかけて京都学連事件(京都帝国大学での学生運動にかけられた弾圧)の2年後に日本共産党が一斉検挙され、戦争に突き進んでいった」と指摘されていました。

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 共通のテーマは、すでに今が「改憲と戦争の時代」ということでした。連帯のあいさつの中で高山弁護士は「改憲と戦争の時代、それは改憲と戦争を許さない闘いの時代です。」と表現していました。今国会で、改憲のための憲法審査会の始動、武器使用を合法化した海賊対処法成立が強行されようとしています。すでにソマリア沖・インド洋には陸海空1000名を超える自衛隊が派兵されており、政権政党の中から、敵基地攻撃能力を、巡航ミサイル導入をという声が噴き出しています。
 そして、全国から参加した若い労働者が次々と訴えていたことは、労働者は団結しよう!団結して労働者の生き血を吸って生き延びる資本と闘おう!労働者階級が人間らしく生きられる社会をつくろう!ということでした。労働者派遣法撤廃!国鉄1047名解雇撤回!360万人首切りの道州制粉砕!が大きく掲げられていました。
 改憲と戦争に反対する百万人署名運動としても、学ぶところが多々あった集会でした。(事務局S)

発言の一部を紹介します。
★高山弁護士(憲法と人権の日弁連をめざす会代表)
「みんなが、裁判員制度は、現代の赤紙だ、徴兵制だと言い、そして、隣組だと言う。隣組、これはお互いにお互いを助け合うという名目の下に、お互いがお互いを監視する制度として1942年、まさに戦争のまっただ中でこの日本で生まれた制度だ。隣組制度は、まさに市民をして市民を裁かせるという、そして日頃から市民がお互いを監視するという、そういう思想で武装するという狙いをもったものだった。そういう意味で、裁判員制度こそがまさに戦争下の改憲の目論見そのものだということです。
 反裁判員制度闘争というのは、国の守り手になれという考え方でひとり一人の心の奥底まで踏み込もうとする連中に対して、断固拒絶するという応答をすることによって、改憲を阻止するという闘いだ。戦争に反対するという闘いだ。」

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★動労千葉の田中委員長
「GMが破綻し、資本主義体制は崩れ去ろうとしています。全世界の労働者が人間として生きられなくなっています。求められているのはこの社会の根本的変革です。労働者自身にこの社会を変える力がある。
 いま全世界で、支配階級と労働者・学生とが力と力で衝突しています。これが時代の基調です。歴史選択が問われる時代です。負けたら戦争です。この課題を受けて立ち、労働者の力を信じ、団結を広げて闘いに立ち上がろう!」

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★法大生の洞口さん
「法政大学ではこの3年間で110人の逮捕者、起訴が30人。今回の弾圧は学生が大学の看板を破壊したとされています。しかし、私は言いたい。法政大学には学生の看板が1枚もありません。しかし、大学当局は学生を弾圧する看板を出し放題。学生が自分の意思を表現するする手段すら奪われています。この不正義はいったい何なのか!? 大学・教育は、私たち学生の未来をつくる場所ではないのですか?新しい社会を一緒に切り開く仲間をつくる場所ではないのですか?」

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 集会後は、若者でごったかえす渋谷の繁華街をデモ行進しました。

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 百万人署名運動の各地連絡会も地域の労組と一緒に参加しているところが多くありました。

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 翌15日には、2回にわたり法政大学包囲デモがおこなわれました。「文連弾圧許すな!」「暴処法弾圧粉砕!」と1200名が参加し、長蛇のデモが続きました。

●法政大学での学生弾圧とは
 ことの始まりは、法政大学当局が2006年2月27日に突如、学生のビラまきや立て看板設置を規制すると打ち出したことです。“立て看板の設置とポスターの掲示をすべて許可制にする。看板の設置場所と大きさは当局が指定する。1団体1枚のみ。教室内のビラまきは禁止”など事細かに定めた文書を学生に一方的に提示し、この規制に違反する看板は春休み中で学生がほとんどいない3月14日に撤去すると発表しました。自主的なサークル活動から反戦運動まで、すべてを大学当局の管理と規制のもとにおこうとするものです。
 これに反対した学生が3月14日に抗議のデモに立ち、これに対し大学当局に要請され学内に入ってきた公安警察がそのほぼ全員29名を不当にも逮捕するという事件が起きました。それ以来、ビラをまけば停学、集会をやれば退学、抵抗すれば逮捕・起訴と、法大当局と警察権力はやりたい放題の暴力をくり返してきたのです。
 法大文化連盟と全学連は不屈に闘い、ついに今年4月24日、法政大正門前で大集会をおこない多くの法大生がこれに合流しました。しかし、これを契機に弾圧はさらにエスカレートし、立て看板を壊したことを理由に「暴力行為等処罰に関する法律」(暴処法)で学生を逮捕・起訴してきたのです。この暴処法は、従来の刑法規定に「多衆」「団体」「数人」という集団性を示す犯罪構成要因を加えたもので、戦前・戦中に労働運動や農民運動弾圧で猛威をふるった憲法違反の悪法です。










 6月13日(土)の夜、東京・中野区商工会館で、河原井さん・根津さんらの「君が代」解雇をさせない会の総会と記念講演がありました。皆さんに簡単な報告をしたいと思って、さて「解雇させない会」はいつ発足したのかな?とホームページを見てみました。正確にはわかりませんでしたが、掲載されている一番古い日にちが2005年5月27日でした。この日は根津さんに初めて停職処分が出された日で、根津さんは即日抗議声明を発しました。ちょっとその時の抗議文を紹介します。教員としての尊厳と闘争精神がビンビン伝わってきますね。

2005年5月27日
東京都教育委員会御中
   立川市立立川第二中学校教諭 根津公子

「君が代」処分に抗議する

 本日2005年5月27日、東京都教育委員会(以下、都教委)は入学式における「君が代」斉唱時に起立しなかったとして私を停職1月処分に処した。この暴挙に強く抗議する。
 1989年当事の文部省が学習指導要領に「日の丸・君が代」を持ち込んで以降その強制を年々強め、都教委は2003年、いわゆる10・23通達を出し、反対意見を処分で脅し封じ、徹底した「君が代」服従を教員に、そして教員を通して子どもたちに強いてきた。
 教育は「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」を期し、「学問の自由を尊重して」行うべきものであって、教育行政が「不当な介入に服してはならない」と教育基本法は謳っている。教育として「日の丸・君が代」を取り扱うならば、学校・教員はこれらについて子どもたちが考え判断できるよう資料を提示し、学習する機会を作るとともに、その上で子どもたちが自らの意思で行為を選択することを保障しなければならない。それが軍国主義教育の反省から生れた、教育基本法の示す教育行為である。
然るに、都教委が強行する、子どもたちに一つの価値観を押し付ける「君が代斉唱」行為は非教育・反教育行為であり、教育基本法に違反する行為である。それは調教と呼ぶべきものである。
そのような理不尽なことに、私は従えない。職務命令を濫発されても従わない。それは、教育基本法を順守し、軍国主義、国家主義教育に加担しないと誓った私の教員としての職責であり、選択である。私は、私の生き方を子どもたちに示すことで教育に責任を持つ。だから、都教委が叩いても私は立ち上がる。意を同じくする人たちとともに闘う。
 都教委の役人の方々よ、世界に目を向けよ。圧政に命を堵して闘っている人々がいることをあなた方は知っているだろうか。圧力をかければ、誰もが服従するのではないことを学ぶとよい。
 都教委の「君が代」処分に抗議するとともに、併せて、闘いつづけることを宣言する。                                     以上


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 13日の総会には約100人ほどの仲間が参加し、昨年3月卒業式での懲戒免職を阻止した勝利から、その後出てきた分限免職策動とのたたかい、根津さん・河原井さんを先頭にみんなが全力で闘い抜いて、そして勝ち取った今年3月卒業式での分限免職阻止の勝利を確認しました。根津さんも「多様で多彩なたたかいがあったから支持が広がり、いろんな人たちの力が結集できたから、免職を阻止できたと思う。」と総括しました。

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 記念講演は山田昭次さん(立教大学名誉教授)で「関東大震災時の朝鮮人虐殺と秋田雨雀」でした。新たな「皇民化教育」にどう立ち向かうか?という現在のテーマを、80年以上前の秋田の警告から学ぼうというものでした。
 関東大震災(1923.9.1)で朝鮮人虐殺に加担した自警団に参加した民衆は、実は熱烈な「愛国者」であり、朝鮮人暴動流言を聞いて「国家緊急の時」と信じて立ち上がった典型的な日本国民だったということです。そして、これは「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ…」と国家危急の際の献身を命じた教育勅語に基づく学校教育や社会教育によってつくりだされたものでした。秋田はこれを「他人の着せた衣服(きもの)を大事に着ているだけです」と表現し、自警団員達は国家に植え付けられた国民道徳の体現者だと指摘しています。そして、『改造』1923年10月号などで、敵は朝鮮人ではなくて、日本人自身だと説いた。この「日本人自身」という表現は発禁処分を避けた表現で、実は日本の支配者を指しているとのことでした。

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 講演の後、今年「君が代」不起立を貫いた教員達の発言が続きました。40代の教員は主任制導入が学校をダメにしていると訴えました。平教員から主任に上がらなければ給料が上がらない、60歳になって再雇用されたかったら主任教員になっておかないとダメ、ということで、「国旗・国歌」に従うかを踏み絵としながら、上から言われることをやるしかない、言っても無駄、というようになってきているというのです。でも「屈しないものたちはいます!」と明るく言い切りました。
 河原井さんも「ひとり一人が逃げず、きちんと向き合っていこう」と、いつもながらのゆったりとした笑顔でした。(事務局S)

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 「裁判員制度はいらない!大運動」は、制度実施日の5月21日に「第二ステージの開始」を宣言し、「私の拒否からみんなの拒否へ、みんなの拒否を裁判員制度廃止へ」と闘おう!と反対運動の継続を呼びかけました。
 そして、定例の有楽町マリオン前の街頭宣伝も続行。6月13日(土)午後3時から2時間、ビラまき・署名活動を行いました。5月21日の制度実施阻止を経ても、街頭の反対の声は全く変わっていません。多くの人が第一回目の裁判員裁判が東京地裁で8月3日~6日まで行われることになったことを知っていて、「3日や4日で判決なんて、できるわけがない」「こんなのおかしい」と口々に言っていました。廃止署名もこれまで以上に集まりました。

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 裁判員制度は、国民を「犯罪」を裁く側に強制的に立たせて、さまざまな形で国の側の「統治意識」をうえつけようとするものです。学校教育なども通じ、若い世代の意識が大事なところで大きく変えられていきます。だから、裁判員制度の問題は、「裁判員」に呼び出される人だけの問題、闘いにとどめることなく、「みんなの反対の声」にしていかなくてはなりません。「修正、改善」ではなく、みんなの力で廃止するまで運動を拡大していきましょう!

●第一回裁判員裁判が8月3日に決定
  東京都足立区で「殺人罪」に問われた事件

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