今年3月の卒業式での「君が代」不起立で不当な3回目の「停職6ヶ月」の処分を受けた根津公子さんは、4月から不屈の「停職」出勤闘争を闘っています。週に2回は現任校のあきるの学園へ、1回は前任校の南大沢学園へ、各週1回ずつはその又前任校の鶴川二中と立川二中へと、これまで不当処分を受けた学校へ出かけ、校門前で登校してくる生徒や教職員に朝のあいさつをして、一定時間を校門前で過ごされています。「おかしいことにはおかしいと言い続けよう」と、たった一人で自らの職場の前に立ち続ける根津先生の姿に、卒業生や近所の方々、また多くの支援者が集っています。人を動かす力がここにあると感じます。
 最後の一ヶ月に入った9月の一コマを紹介します。* * * * * * *
9月10日(木)
 立川二中へ。私が校門前に立つと間なしにNさんが見えた。Nさんが「社会科の授業・続き(4)」を生徒に手渡し始めたところに、地域の挨拶隊(=2005年、私が停職1ヶ月にされて校門前に立つようになった数日後から始まった)の一人がやってきて、私たちのところに立った。第二木曜日の担当と言う60代後半に見える女性だ。私たちが挨拶のことばをかけても、今日も無視するような感じ。女性が立ち始めて2~3分、ふと見ると、女性の手には、Nさんが生徒に手渡したチラシがある。どういうこと?と思って見ていると、女性の横を、チラシを受け取った一人の生徒が通ろうとしたその時、女性は生徒の前に、手を広げて出した。ことばはなくても生徒は、その手にチラシを置いた。
 生徒が過ぎ去ったところで私は女性に言った。「何の権限、誰の判断でチラシを取り上げるのですか?」。女性は、「勉強に関係ないものだから」「私の判断」「悪気はない。ただのおばさんだから、難しいことはわからない。ボランティアをしているだけ」と逃げの一手。「わからなくて取り上げるわけないでしょ。下手な嘘は止めましょうよ。あなたが読ませたくないと思ったから取り上げたのは明らかじゃないですか」と、生徒がいない時に途切れ途切れに言った。そして、「あなたが取り上げた生徒に返してくるべきでしょう」と迫ると、取り上げた2枚のうちの1枚を、その直後に「登校」してきた別の生徒に渡した。「これでいいでしょ?1枚は、私が読みたいから」と持っている。
 「子どもは、いろんな考えがあることを知ったほうがいいのです。知れば、考え、判断します。それが勉強です。あなたのように、あなたの知らせたくないことは、妨害するなんて、していいことではないでしょう」「あなたの行為は、憲法19条、21条違反ですよ」と話したら、その女性、またまた、「ただのおばさんには難しいことはわからない」と逃げた。
 始業のチャイムがなると、その女性、「さ、終わりでいいかな」と独り言を言い、校舎に向かって歩き出した。玄関の中に姿を消したかと思うと、数秒で出てきた。案の定、入るときには手に持っていたチラシはなかった。数秒でしたことははっきりしている。きっと、女性は、正義の仕事をしたと思っているのだろう。チラシは届けなくたって、インターネット上の「停職『出勤』日記」で読めるのに。(河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会ブログより) 

●河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会 
http://kaikosasenaikai.cocolog-nifty.com/

今年の3月25日、都庁前でアピールする根津さん
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