◆衆院憲法審査会で「第3章 国民の権利及び義務」をめぐり自由討議◆
6月7日(木)朝9時から衆議院で今国会7回目の憲法審査会が開催されました。
今回は、まず衆院のホームページで開催が告知されたのが前日であったことを批判しなければなりません。こんなことになったのは、おそらく他の委員会等との関連でなかなか日程を確定できなかったためで、まさか傍聴者が集まらないように画策したわけではない(そうであってほしい)と思いますが、それならば開催日を先延ばしすべきではないでしょうか。それでも私たち百万人署名運動の5名を含めて30人近い傍聴者が駆けつけました。

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また、1回に1章ずつ検討するという前々回からの審議の進め方にも大いに疑問があります。特に今回のテーマであった第3章「国民の権利及び義務」には、憲法の中核とも言うべき基本的人権の保障に関わる重要な規定が並んでいて、条文の数(10条から40条まで31)でみても憲法全体(103条)のほぼ3割を占めています。それをわずか1回、3時間の議論で片付けようというのはメチャクチャな話だと言わざるを得ません。

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(衆議院議員面会所にあるテレビにこの日の委員会予定が発表されています。)

この日も最初に衆議院法制局の幹部から憲法調査会等での「主な論点」が説明され、次に各会派の代表者からの意見表明があり、続いて自由討議が行われました。
さて、各委員の主張には、
①憲法を改正して「新たな権利」を明記すべきだとするもの、
②現行憲法には重要な人権規定が網羅されており「新たな権利」も保障されるので改憲の必要はないとするもの、
③改憲により国民の「新たな義務」に関する規定を盛り込むべきだとするもの、
④憲法に規定されている人権が侵害されている現状こそ問題でありその実態を検証して改善すべきであるとするもの、などがありました。

以下、順に見ていきたいと思います。
まず、①については、「環境権」の明記を民主党(大谷信盛氏)、自民党(近藤三津枝氏)、公明党(赤松正雄氏)がこぞって主張しました。
近藤氏は、そのほかにプライバシー権、知る権利、犯罪被害者の人権も挙げて、さながら「新しい人権」のバーゲン・セールをしているようでしたが、一方で公務員の労働基本権の制限を規定すべきだと述べましたし、今回は(おそらく意図的に)言及しませんでしたが自民党の『改憲草案』には結社の自由を制限する文言もありますので、彼らの意図が奈辺にあるのかは明白だと思います。
また、近藤氏は新しい人権を保障するのに法律の制定や改正でなく改憲が必要な理由として、「憲法に規定すれば、国会の議決による法改正だけでその権利を廃止することができなくなる」ことを挙げましたが、そもそも自民党は日本国憲法が一度も改定されたことがないのは国際的にみても異常であると主張し、96条の改正によって改憲案発議のハードルを下げることを提起しているのですから、彼女の議論は論理的に破綻していると断じるしかありません。
公明党の赤松氏も環境権の重要性を様々な観点から説明していましたが、なぜ憲法に明記しなければならないのかについては「環境権は世界標準だ」などと述べるだけで、説得力を欠いていたと思います。

次に、②の意見は共産党(笠井亮氏)、社民党(服部良一氏)から提起されました。なお、今年5月3日の朝日新聞に『日本国憲法 今も最先端』という記事があり、アメリカの法学者たちが成文化された世界の全憲法188か国分をデータ化して分析したところ、日本国憲法は各国憲法で明文化された基本的人権の上位19項目をすべて満たしていて、施行後65年も経っているのに「不朽の先進性」を有していることが明らかになったという内容でしたが、笠井氏もそのことを紹介していました。

そして、③の「新たな義務」ですが、渡辺浩一郎氏(新党きづな)が投票の義務、国防の義務を明記すべきだと主張し、保利耕輔氏(自民党)は「家族は、互いに助け合わなければならない」という『改憲草案』の考え方を紹介しました。
小沢鋭仁氏(民主党!)までが「家族の問題を憲法に設けるべきだ」と発言したのには驚かされましたが、この問題に触れた他の民主党の委員の多くは「新たな義務」を規定することに否定的でしたのでホッとしました。
また、柿澤未途氏(みんなの党)も、「憲法は国家権力のあり方を制限的に定めるものであって、国家が国民に課す義務の規定は必要最小限にとどめることが重要だ」と述べていました。

なお、「新たな義務」をめぐっては、保利氏のトンデモ発言を紹介しないわけにはいきません。
彼は「自由と権利の裏には必ず責任と義務があり、国民はそのことをきちんと考えるクセをつけなければならない」と言ったかと思うと、「家族の問題などは明治憲法でも書かれていなかったが、そういった徳目に関する事項は教育勅語にうまく表現されていて、憲法と勅語がセットになって何とも言えないいい感じを出している」と述べたのです。まさか第3章の議論に教育勅語が、それも肯定的なニュアンスで登場するとは考えてもみませんでしたが、こういう発言をする人物が自民党の憲法改正推進本部の本部長に就いているのですから、実におそろしいことだと思います。

    (ここで一息。しばし、あざやかな藍色のアジサイをどうぞ。)
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④については、笠井亮氏(共産党)が震災・原発事故にどう向き合うのか、労働者の雇用と権利をいかに守っていくのか、生存権の観点からみて社会保障の現実はどうなっているのか等について検証が必要だと主張し、服部良一氏(社民党)も自己責任論が横行し、人生の最初から有利・不利が決まってしまう社会、一度失敗すると立ち直れない滑り台社会になっていること、盗聴法や国旗・国歌法の制定、最近では秘密保全法案や暴対法の改正などで思想、良心、言論、表現等の自由が脅かされていること等を指摘しました。
また、服部氏は最近の大阪の動向、すなわち教育基本条例、職員基本条例、市職員アンケート等の問題について質問趣意書を出したそうですが、内閣は違憲性の判断を示すことを避けたことを紹介しました。民主党の委員も、鈴木克昌氏が非正規労働者の労働条件の問題、山崎摩耶氏が障害者が地域でのインクルーシヴ教育から排除されている問題、岡本充功氏が能力以外の経済的な問題で教育の機会に差が生じている問題を、それぞれ提起しました。

そのほか、近藤三津枝氏(自民党)が『改憲草案』に沿って、人権を制約しうる根拠として現行憲法に規定されている「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に改めること、政教分離の基準を緩和して地鎮祭での玉串料の支出など「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないもの」については公費の支出が認められるようにすること等を主張したり、小沢鋭仁氏(民主党)が何と一票の格差に関する最高裁判決を批判して「頭数だけで法の下の平等を解釈していいのか」と発言したことを契機として「一票の格差」をめぐる議論が交わされたりしました。

この日の出席者は、開会時は30名弱で、その後30数名になりましたが、自由討議が始まる頃には30名を割り込み、一時は過半数割れとなり、閉会間近になってようやく30名ほどに回復するという経過をたどりました(定数は50人)。
今回も自民党の欠席者が目立ち、始めは13名中7名が出席していましたが、途中でわずか1、2人となり(保利耕輔氏も「わが党が少なくなっていて恐縮です」と発言せざるを得ませんでした)、終盤になっても3、4人しか出席していませんでした。誰とは書きませんが、着席していてもずっと居眠りをしていて、目を覚ましたと思ったら中座した委員もいました。また、このところ国民新党の委員がずっと欠席していることも問題として指摘しておきたいと思います。(G)