7月11日(木)夜、杉並区高円寺の「座・高円寺」で「なにがなんでも全原発廃炉 7.11東京集会」が開かれました。会場満杯の350名が参加し、政府の原発再稼働攻撃に対して「なにがなんでも全原発廃炉!」をたたきつけました。
まず、動労水戸の石井委員長が連帯のあいさつ。
原発被災地管内で常磐線や水郡線で働く動労水戸の労働者は、2011年10月から今日まで、広野駅で被災し放置された放射能汚染まみれの列車K544を動かす仕事を拒否してストライキで闘ってきました。
現在はこの列車を郡山工場に搬送することを強制されていて、動労水戸はこの集会翌日の7月12日から3度目のストライキに入るということでした。
石井さんは「広野駅は駅員が一人いるほか、人っ子一人いない。周辺も3.11のままだ。でもこの地域一帯は次々と警戒区域を解除している。除染をしたから地域に戻れと強制するために列車を動かすのだ。とんでもない。」「JR会社や政府・東電が言うことに唯々諾々と従っていたら労働者は殺されてしまう。労働者・労働組合が声をあげなかったら何も問題にならない。動労水戸は断固闘っていきます。」と力強くアピールしました。
主催者からは、NAZEN事務局長の織田さんが発言。
NAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議)は昨年8月5日に広島で、原水禁、原水協に替わる原則的に闘う反原発運動をつくろう結成された。原発廃炉の方針をしっかり確認し、保養運動にも取り組もう、労働組合の闘いと結んで反原発闘争を闘おう、と訴えました。
特に、6月にドイツを訪問して学んだ点について触れた内容が印象的でした。
「言葉は通じなかったけれど心は通じる、話は通じる。ゴアレーベンでも原則的に闘っている者同士の明るさ、強さを共感できた。
また、ベルリンでの集会で討論になったとき、動労水戸のストライキ闘争の映像を流し、労働者の団結した力でこの社会を変えられる、原発をとめられる。ここにいる一人一人が社会を変える主人公で自分が何をできるかということで討論しようと訴えたら、そうだ!と共感してもらえた。
最後に彼らは、ドイツでは労働者と市民が分断されていると言っていた。労働運動は労働者、環境運動は市民となっている。これらが結合して一緒に運動したときにものすごい力が発揮されるはずなんだと言っていた。それがドイツでの課題であり、もちろん日本での課題でもあり、それを実現していくことを確認しあった。NAZENがやるべき中身がここにあると思う。」と。
ふくしま共同診療所について杉井医師から報告がありました。
杉井さんは、①現在の福島の状況 これからどうなるか? ②開設した「共同診療所」の現在とこれから ③私たちはなにをしなければならないか、の3点にわたって述べられ、原発事故に対する憤りと医者の苦悩といらだちを正直にあらわされました。
現在の福島の状況は、一言で言えば“安心”“安全”キャンペーン一色。親も子どももその中にさらされ、甲状腺がんの発症もどんどん高くなっているのに、心配ないと片付けられている。いろいろのウソが言われている。医者として本当に悲しい。
県民は、「安全っていうけど本当でしょうか」「ここで生活していいのですか」と聞いてくる。
共同診療所は本来、あること自体が不幸なんだ。親や子どもたちの「不安」に向き合いどうしたらいいかをともに考えていくこと。不安を助長したり、過剰診療にならないように努めていく。
必要なことは避難、保養、医者の順だ。
福島の人たち、子どもたちを長きにわたって、20年でも30年でも見守ること。さまざまな矛盾のためにも診療所の役割がある。私たちは福島県民と子どもの健康を守らなければならない、それに尽きる、と。
このあと、東京各地でNAZEN運動を取り組む人々からも元気な報告がありました。(T)
まず、動労水戸の石井委員長が連帯のあいさつ。
原発被災地管内で常磐線や水郡線で働く動労水戸の労働者は、2011年10月から今日まで、広野駅で被災し放置された放射能汚染まみれの列車K544を動かす仕事を拒否してストライキで闘ってきました。
現在はこの列車を郡山工場に搬送することを強制されていて、動労水戸はこの集会翌日の7月12日から3度目のストライキに入るということでした。
石井さんは「広野駅は駅員が一人いるほか、人っ子一人いない。周辺も3.11のままだ。でもこの地域一帯は次々と警戒区域を解除している。除染をしたから地域に戻れと強制するために列車を動かすのだ。とんでもない。」「JR会社や政府・東電が言うことに唯々諾々と従っていたら労働者は殺されてしまう。労働者・労働組合が声をあげなかったら何も問題にならない。動労水戸は断固闘っていきます。」と力強くアピールしました。
主催者からは、NAZEN事務局長の織田さんが発言。
NAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議)は昨年8月5日に広島で、原水禁、原水協に替わる原則的に闘う反原発運動をつくろう結成された。原発廃炉の方針をしっかり確認し、保養運動にも取り組もう、労働組合の闘いと結んで反原発闘争を闘おう、と訴えました。
特に、6月にドイツを訪問して学んだ点について触れた内容が印象的でした。
「言葉は通じなかったけれど心は通じる、話は通じる。ゴアレーベンでも原則的に闘っている者同士の明るさ、強さを共感できた。
また、ベルリンでの集会で討論になったとき、動労水戸のストライキ闘争の映像を流し、労働者の団結した力でこの社会を変えられる、原発をとめられる。ここにいる一人一人が社会を変える主人公で自分が何をできるかということで討論しようと訴えたら、そうだ!と共感してもらえた。
最後に彼らは、ドイツでは労働者と市民が分断されていると言っていた。労働運動は労働者、環境運動は市民となっている。これらが結合して一緒に運動したときにものすごい力が発揮されるはずなんだと言っていた。それがドイツでの課題であり、もちろん日本での課題でもあり、それを実現していくことを確認しあった。NAZENがやるべき中身がここにあると思う。」と。
ふくしま共同診療所について杉井医師から報告がありました。
杉井さんは、①現在の福島の状況 これからどうなるか? ②開設した「共同診療所」の現在とこれから ③私たちはなにをしなければならないか、の3点にわたって述べられ、原発事故に対する憤りと医者の苦悩といらだちを正直にあらわされました。
現在の福島の状況は、一言で言えば“安心”“安全”キャンペーン一色。親も子どももその中にさらされ、甲状腺がんの発症もどんどん高くなっているのに、心配ないと片付けられている。いろいろのウソが言われている。医者として本当に悲しい。
県民は、「安全っていうけど本当でしょうか」「ここで生活していいのですか」と聞いてくる。
共同診療所は本来、あること自体が不幸なんだ。親や子どもたちの「不安」に向き合いどうしたらいいかをともに考えていくこと。不安を助長したり、過剰診療にならないように努めていく。
必要なことは避難、保養、医者の順だ。
福島の人たち、子どもたちを長きにわたって、20年でも30年でも見守ること。さまざまな矛盾のためにも診療所の役割がある。私たちは福島県民と子どもの健康を守らなければならない、それに尽きる、と。
このあと、東京各地でNAZEN運動を取り組む人々からも元気な報告がありました。(T)