6月1日(木)10時から衆議院憲法審査会が開かれ、予定された時間を少しオーバーして11時40分頃閉会しました。3月2日の第1回から、5月4日の休日を挟んで13回連続の定例日開催となりました。

この日は、参議院の緊急集会をテーマとして委員間の討議が行われ、最初に各会派の委員7人が1人7分以内で、続いて発言を希望する委員が1人5分以内で意見を表明しました。改憲勢力の委員たちは前々回、5月18日の参考人質疑で長谷部恭男氏(早稲田大学大学院教授)が述べた見解にこぞって反論していましたが、その内容は従来の主張を繰り返すもので新たな論点は見られず、参考人質疑を経た後も彼らの思考回路は全く変わらなかったことが明らかになりました。
それを象徴していたのが、今回も新藤義孝氏が配布した「論点」ペーパー(下図)です。
上図で、例えば、「論点」の「1.場面の限定」について、「参考人の見解」は2人とも任期満了時にも「(b) 類推適用可能」であったにもかかわらず、新藤氏は「今後の議論の方向性」として「条文上は (a) が適当」だが「(b) もあり得る」と歪曲しています。
また、「2.期間の限定」について、長谷部氏は「70日間を超えることも可」という見解を示していましたが、新藤氏はこれを「多少の延長もあり得る」と矮小化しています。
さらに、私がいちばんひどいと思ったのは下段の「議論に当たって留意すべき事項」の部分で、「議員任期延長などは喫緊かつ必須」、「緊急事態条項の創設について議論を深める」などと記したばかりでなく、改憲勢力の中でも合意されていない(公明党が明確に反対している)「緊急政令・緊急財政処分について整備が必要」とまで書いていることです。

また、「2.期間の限定」について、長谷部氏は「70日間を超えることも可」という見解を示していましたが、新藤氏はこれを「多少の延長もあり得る」と矮小化しています。
さらに、私がいちばんひどいと思ったのは下段の「議論に当たって留意すべき事項」の部分で、「議員任期延長などは喫緊かつ必須」、「緊急事態条項の創設について議論を深める」などと記したばかりでなく、改憲勢力の中でも合意されていない(公明党が明確に反対している)「緊急政令・緊急財政処分について整備が必要」とまで書いていることです。

こんな人物が筆頭幹事として我が物顔で憲法審査会の議論を仕切っているのは、本当におそろしいことです。少なくとも形式上は公正に、最低でも公正に見えるように運営すべきところ、自分だけ「論点」ペーパーを出しまくっておきながら階猛氏(立民)の資料提出は認めないなど、今国会での新藤氏の傍若無人ぶりは目に余ります。
今回の報告では、まず『産経新聞』のウェブサイトの記事を転載させていただきます。改憲勢力寄りにバイアスが強くかかっている記事で、例えば最初の段落の「識者の意見は尊重しつつ」とか最後の段落の「立民や共産党からは長谷部氏を絶賛する声が相次ぎ」という表現は私の実感と大きく異なりますが、全体としてこの日の審査会の雰囲気をよく反映していると思ったからです。
参考人の長谷部氏に改憲勢力から反論 衆院憲法審
『産経ニュース』2023年6月1 日
1日の衆院憲法審査会では、前々回の参考人として改憲による国会議員の任期延長論を批判した早大大学院の長谷部恭男教授に対し、憲法改正に前向きな政党が違和感を表明する場面が目立った。長谷部氏はかつて憲法審の場で「安保法制は違憲」と断じ、護憲派などの反対運動が盛り上がるきっかけを作った。識者の意見は尊重しつつ、反論すべきは反論する狙いがある。
この日の憲法審で国民民主党の玉木雄一郎代表は「蓋然性が低くても可能性がある限り、(国会議員は)国民の生命や権利を守るために『あるべき法制度』を構築する責任を負っている。危機に備えるかどうかを決めるのは学者ではない」と述べた。これは5月18日の憲法審で長谷部氏が示した見解への反論だ。
衆院解散後の緊急事態に参院が国会機能を代行する「参院の緊急集会」を巡っては、総選挙を経て特別国会までの衆院不在の70日間に限られるとの見方がある。このため、自民党や公明党、日本維新の会、国民民主などは国民の安全を守るため改憲で緊急事態条項を新設し、国会議員の任期延長などを可能にしておくべきだと訴えてきた。
ただ、緊急集会の活用に前向きな長谷部氏は先月18日の憲法審で「日数を限った文言にこだわり、任期延長議論を進めるべきではない」と主張。国政選挙が長期間困難となるような緊急事態に関しても「実際に発生し得るかというと、かなり疑いを持ってもよいのではないか」と述べた。
国会では新型コロナウイルスの蔓延などを踏まえ、広範囲で選挙の実施が困難となる事態は発生し得るとの声が根強い。1日の憲法審では、司法試験考査委員として憲法の科目で問題作成などの経験を持つ自民の山下貴司元法相が「緊急集会に関する見解を正解とするわけにはいかない。(衆院不在の)国会の片翼飛行を長期化させかねない」と長谷部氏の見解に懸念を表明。また、維新の小野泰輔氏も「有事が起こったときになりふり構わずに何でもありだというのが本当に立憲主義なのか」と違和感を口にした。
長谷部氏は平成27年(引用者注:『産経』は元号表記を原則としています。西暦では1995年です)に安全保障関連法案が衆院憲法審で取り上げられた際、与党側が推薦した参考人だったにもかかわらず「違憲」と明言し、護憲派を勢いづけた。1日の衆院憲法審では立民や共産党からは長谷部氏を絶賛する声が相次ぎ、立民の階猛氏は「立憲主義の本質を踏まえたものであり、まさに正論だ」と持ち上げた。(太田泰、内藤慎二)
* 引用、ここまで。
続いて、今回もこの日の各委員の発言の要旨をまとめた『東京新聞』のウェブサイトに掲載された記事を転載させていただきます。
衆院憲法審査会の要旨(2023年6月1日)
『東京新聞TOKYO Web』2023年6月1日
衆院憲法審査会が1日に開かれた。発言の要旨は次の通り。
◆各会派代表の意見
新藤義孝氏(自民)
参院の緊急集会は平時の制度として、適用範囲を拡張できるか検討してはどうか。有事においても国会機能を維持するため、議員任期の延長をはじめ、どのような緊急事態条項を整備すべきか議論を煮詰める必要が深まった。内閣の緊急政令や緊急財政処分の議論を深めるべきとも考える。緊急事態条項の創設について、憲法審査会として総括的な論点整理を行ってはどうか。
参院の緊急集会は平時の制度として、適用範囲を拡張できるか検討してはどうか。有事においても国会機能を維持するため、議員任期の延長をはじめ、どのような緊急事態条項を整備すべきか議論を煮詰める必要が深まった。内閣の緊急政令や緊急財政処分の議論を深めるべきとも考える。緊急事態条項の創設について、憲法審査会として総括的な論点整理を行ってはどうか。
中川正春氏(立憲民主)
70日を超えて選挙困難事態が想定される場合、議員任期を延長して対応する案が出ているが、現時点で必要ない。70日を超えたからといって緊急集会の機能が否定されることはない。緊急集会の期間に一定の制約があるとの共通認識に達した場合、議員任期延長の議論を進めることもあり得る。緊急集会の議論は、参院の論点整理を尊重していくことが必要だ。
70日を超えて選挙困難事態が想定される場合、議員任期を延長して対応する案が出ているが、現時点で必要ない。70日を超えたからといって緊急集会の機能が否定されることはない。緊急集会の期間に一定の制約があるとの共通認識に達した場合、議員任期延長の議論を進めることもあり得る。緊急集会の議論は、参院の論点整理を尊重していくことが必要だ。
岩谷良平氏(維新)
議員任期延長は国民の選挙権を奪うため、認めるべきではないとの主張がある。しかし、あらかじめ憲法で緊急事態における議員任期延長を規定しておけば、民主的正統性は確保される。70日を超える有事の際、参院の緊急集会で対応することには多くの問題があるため、いつ起こるかわからない有事に備え、一刻も早く憲法を改正して、緊急事態条項を創設すべきだ。
議員任期延長は国民の選挙権を奪うため、認めるべきではないとの主張がある。しかし、あらかじめ憲法で緊急事態における議員任期延長を規定しておけば、民主的正統性は確保される。70日を超える有事の際、参院の緊急集会で対応することには多くの問題があるため、いつ起こるかわからない有事に備え、一刻も早く憲法を改正して、緊急事態条項を創設すべきだ。
浜地雅一氏(公明)
70日間を超えるような選挙困難事態には、一定の要件のもと、国会議員の任期延長を認めていくべきとの立場だ。乱用の危険性の指摘がある。わが党としては、任期延長の議決要件を出席議員の3分の2の特別議決とし、延長期間は原則6カ月、再延長できる場合も1年間を上限とする案を提示している。時の政権が選挙期日を無用に引き延ばす乱用の危険は回避できる。
70日間を超えるような選挙困難事態には、一定の要件のもと、国会議員の任期延長を認めていくべきとの立場だ。乱用の危険性の指摘がある。わが党としては、任期延長の議決要件を出席議員の3分の2の特別議決とし、延長期間は原則6カ月、再延長できる場合も1年間を上限とする案を提示している。時の政権が選挙期日を無用に引き延ばす乱用の危険は回避できる。
玉木雄一郎氏(国民民主)
緊急集会の期間は最大70日間とすべきだ。70日という数字が書いてあることの意味は捨てがたく、それを破られたら、どこまでが限界か分からなくなる。仮に70日を超えて緊急集会を適用できるとして、いつまで可能か、期間を決めるのは誰か、憲法に規定がない以上、その決定は時の内閣が行うことになり、権力の乱用につながる恐れを払拭できない。
緊急集会の期間は最大70日間とすべきだ。70日という数字が書いてあることの意味は捨てがたく、それを破られたら、どこまでが限界か分からなくなる。仮に70日を超えて緊急集会を適用できるとして、いつまで可能か、期間を決めるのは誰か、憲法に規定がない以上、その決定は時の内閣が行うことになり、権力の乱用につながる恐れを払拭できない。
赤嶺政賢氏(共産)
議員任期延長の口実として、国会機能や二院制の維持が強調されているが、その大前提は、国会が国民に正当に選挙された議員で構成されていることだ。人為的に任期を延長し、国民から信任を受けていない議員が長期にわたって居座り続けることは許されない。選挙制度の改善を議論すればよいのであって、憲法を変えて任期延長を可能にするのは、本末転倒の議論だ。
議員任期延長の口実として、国会機能や二院制の維持が強調されているが、その大前提は、国会が国民に正当に選挙された議員で構成されていることだ。人為的に任期を延長し、国民から信任を受けていない議員が長期にわたって居座り続けることは許されない。選挙制度の改善を議論すればよいのであって、憲法を変えて任期延長を可能にするのは、本末転倒の議論だ。
北神圭朗氏(有志の会)
憲法54条1項は内閣の権力乱用を防止する規定で、(緊急集会の)日数を限定しているのは重たい。条文の性質から厳格に解釈されるべきで、緊急集会が70日間を超えることは難しい。70日間を超える選挙困難事案には、緊急集会よりも、憲法上国会における事前の厳格な手続きと事後の司法による関与を要件とする議員任期の延長制度の明文化が望ましい。
憲法54条1項は内閣の権力乱用を防止する規定で、(緊急集会の)日数を限定しているのは重たい。条文の性質から厳格に解釈されるべきで、緊急集会が70日間を超えることは難しい。70日間を超える選挙困難事案には、緊急集会よりも、憲法上国会における事前の厳格な手続きと事後の司法による関与を要件とする議員任期の延長制度の明文化が望ましい。
◆各委員の発言
柴山昌彦氏(自民)
緊急事態が終了した後には、選挙が実施され、新たに政策の見直しが行われる。民主主義が健全に機能していれば、民意を反映していない政権の居座りなどを考える余地はない。
緊急事態が終了した後には、選挙が実施され、新たに政策の見直しが行われる。民主主義が健全に機能していれば、民意を反映していない政権の居座りなどを考える余地はない。
近藤昭一氏(立民)
緊急事態における国会議員の任期延長は、結局、国会議員を固定化し、内閣の独裁を生む恐れがある。緊急事態に必要なのは、どんな状況でも選挙ができるようにする平時からの備えだ。
緊急事態における国会議員の任期延長は、結局、国会議員を固定化し、内閣の独裁を生む恐れがある。緊急事態に必要なのは、どんな状況でも選挙ができるようにする平時からの備えだ。
小野泰輔氏(維新)
平時は(緊急集会を最大70日とする)数字を守らなければいけないが、有事には守らなくていいというのは乱暴な議論だ。われわれは有事にギリギリでルールを守る議論をしている。
平時は(緊急集会を最大70日とする)数字を守らなければいけないが、有事には守らなくていいというのは乱暴な議論だ。われわれは有事にギリギリでルールを守る議論をしている。
山下貴司氏(自民)
緊急事態条項について、各党から相当な意見の蓄積がなされている。各党の主な意見を衆院法制局にまとめさせ、国民に見える形で、論点の議論ができるようにしていただきたい。
緊急事態条項について、各党から相当な意見の蓄積がなされている。各党の主な意見を衆院法制局にまとめさせ、国民に見える形で、論点の議論ができるようにしていただきたい。
階猛氏(立民)
解散から次の国会召集までの期間を縛る70日ルールにより、論理必然的に緊急集会の期間を最大70日に縛る解釈は成り立たない。不確かな解釈を根拠に憲法改正することは許されない。
解散から次の国会召集までの期間を縛る70日ルールにより、論理必然的に緊急集会の期間を最大70日に縛る解釈は成り立たない。不確かな解釈を根拠に憲法改正することは許されない。
北側一雄氏(公明)
緊急事態における国会議員の任期延長問題は昨年来、議論を積み重ねてきた。5会派の考え方はほぼ共通している。立民、共産との争点、違いは明確になってきている。論点整理すべきだ。
緊急事態における国会議員の任期延長問題は昨年来、議論を積み重ねてきた。5会派の考え方はほぼ共通している。立民、共産との争点、違いは明確になってきている。論点整理すべきだ。
* 引用、ここまで。
改憲勢力の暴論、空論の数々
と小見出しを付けましたが、以下、この日の発言から私が選んだワースト3を紹介します。
まず、玉木雄一郎氏(国民)は次のように述べました。
「40日や30日といった具体的な数字の入った準則規定は平時には100%守らなければならないが、緊急時にはまず生き延びることが大事だから従わなくてもいいという(長谷部恭男氏の)主張は、緊急事態を理由に行政の解釈で憲法に書かれているルールを恣意的に拡大することに道を開くものであり、権力の乱用につながる危険性をはらんでいる。
こうした緊急事態の法理を認めれば、憲法9条の規定や解釈が全く意味がなくなってしまう。国家の存亡をかけた究極の緊急事態が戦争であり、そのとき国家の生き残りのためなら敵基地攻撃どころかフルスペックの集団的自衛権の行使も可能となる。条文解釈から導かれる専守防衛や必要最小限の制限も消え失せてしまうだろう。」
これは、前回の憲法審で、国民投票がテーマとされていたにもかかわらず玉木氏が行った発言をほとんどそのまま繰り返したものですが、あまりにも論理が飛躍していて全く付いていけません。任期延長で失職した衆院議員が居すわることは「権力の乱用」につながらないのか、(憲法9条の条文から導かれるかどうかはともかく)「専守防衛や必要最小限の制限」がすでに大きく毀損されている実態をどう捉えているのか、玉木氏の見解を質したいところです。


憲法審の幹事である柴山昌彦氏(自民)の発言にも驚きました。
「もし議員任期の延長を想定しなければ、今日この後ひじょうに毒性の高い感染症が発生して、今後5年間選挙困難事態が継続した場合には、衆議院議員のみならず参議院議員も1人もいなくなってしまう。緊急集会も開催されないということになりかねない。」
仮にこんな途方もない緊急事態が発生した場合、柴山氏は衆院議員の任期延長でそれを乗り切れると考えているのでしょうか。なんとも論評のしようもない意見であり、「何をか言わんや」という言葉しか浮かんできません。
3人目は、これも憲法審幹事の山下貴司氏(自民)の発言。上掲の『産経ニュース』の記事でも紹介されていますが、氏はこのように述べました。
「私は議員になる前、憲法担当の司法試験考査委員として様々な憲法学者の学説に触れる機会があったが、その経験に照らしても、立法府の一員として長谷部参考人の見解を正解とするわけにはいかない。」
山下氏はこれに続けて自身の考えを語りましたが、言うまでもなく司法試験考査委員の経験は氏の所論の正当性を保証するものではなく、氏に他者の見解を「正解とするわけにはいかない」とする資格はありません。それぞれの主張の当否はともかく、長年にわたって憲法の研究に取り組んでこられた長谷部氏に対してとんでもなく失礼な言い方ではなかったでしょうか。
最後に、この日改憲勢力の何人かの委員がそろって口にしたことを報告しておきます。それは、緊急事態条項に関する議論を今国会中に整理しておきたいということでした。
新藤義孝氏(自民)は「議員任期の延長をはじめとする緊急事態条項の創設について、総括的な論点整理を行ってはどうか」、山下貴司氏(自民)は「緊急事態条項について出された主な意見を衆議院法制局に取りまとめさせ、国民に見える形で議論できるように」、北側一雄氏(公明)は「国会議員の任期延長問題について(各会派の意見を)この国会中に是非整理してもらえれば」と述べました。
自民の2氏は任期延長だけでなく緊急事態条項全般について、北側氏は任期延長に限定しての発言であるという違いはありますが、終盤に差しかかった今国会でどこまで議論が進むのか警戒しなければなりません。それにしても、山下氏の衆院法制局に対する「取りまとめさせ」という上から目線丸出しの言い方はどうでしょう。私はとても不愉快に感じました。

この日の傍聴者は30人強で、記者は5人いました。
最初3、4人だった自民党の欠席者は、開会後30分も経たないうちに6~10人に増え、頻繁に入退場を繰り返す委員が目立ちました。立民の委員も1、2人欠席している時間が長かったです。(銀)