とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

カテゴリ: 沖縄

9月4日に、沖縄県北部(国頭村安田)の米軍北部訓練場の跡地で、米海兵隊UH1Yヘリとみられる機体の離着陸が目撃されました。ここは2016年12月に米軍から返還された場所で、現在は国立公園の一部となっているところです。
(9月5日付琉球新報より)
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北部訓練場の約半分が日本に返還されることに伴い、東村高江区を取り囲むように6つの新たなヘリコプター発着場(ヘリパット)が建設されました。このヘリパット建設に反対して住民たちの粘り強い座り込み抗議闘争が闘われ、今も続いています。
住民たちは「基地返還の意味があるのか」「恐れていたことが起きた」と怒っています。

新たなヘリパットが建設されて以降、安田上空では米軍機の訓練が激化し、集落上空の低空飛行が繰り返されていました。
2017年10月11日には、東村高江の集落に近い民間牧草地で、米軍ヘリCH53Eが飛行中に出火し墜落炎上しました。事故現場では放射能汚染の可能性も指摘されていました。しかし6日後にやっと沖縄県や沖縄防衛局が事故現場に立ち入ることができ、土壌を採取して調査しようとしたとき米軍はこれを認めず、自分たちだけで事故機周辺からの土壌を持ち去ってしまったのです。
最近、その高江の土壌が県外で処分されていたことがわかりました。
(8月14日付琉球新報より)
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8月27日には沖縄本島東海岸から8キロの海上で、同じくCH53Eヘリからプラスチック製の窓が海上に落下していたことがわかりました。2017年に普天間第二小学校の校庭に落下したものと同じです。
(8月30日付琉球新報より)
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CH53Eは米海兵隊が世界各地で軍隊や軍備品輸送ののために使用しているものですがイラクやアフガニスタンなどの戦闘地域での任務ですでにボロボロ、機体の老朽化が指摘されているものです。こんな危険な軍事ヘリが沖縄の空を戦争訓練のために飛びまわっているなど、背筋がぞっとします。
オスプレイもしかり。

沖縄の基地被害の現実、危険な事故と隣り合わせの現実、ここに日米安保の実態があり、この現実をひっくり返していかなければなりません。そのためにも、改憲・戦争反対の闘いを全国から巻き起こしましょう。(S)





賛同人の方からの投稿です。
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 8月14日旧盆の中日、石垣の白保の空港闘争の中心の一人であり、また筆者にとって大先輩でもある「命と暮らしを守るオバーたちの会」の山里節子氏を訪ねた。防衛省や米国防省の資料を広げて、石垣軍事化の背景や歴史を語る山里さんの声は昔と変わらない。空港はもちろん、あちこちの通信基地や施設などはすべて島の要塞化に結びついている。空港建設関連だけでも環境破壊はほとんど限界まで進んだ。地下水の体系もめちゃめちゃにされている。こうした状況なのに、島の言葉で怒りを表現すると、怖がられるからやめてくれという人がいるのよ、と嘆いておられた。
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 山里さんの運転する車で現場を見に出かけた。自衛隊基地建設予定地に近接する四つの公民館(集落)は、戦後早い時期に沖縄本島から「計画移住」としてやってきた人が多い。台湾からの移住者もいる。於茂登(おもと)集落には、その苦労をしのばせる大きな「開拓の碑」が建てられていた。農民の苦闘は、かつて三里塚で感じたものと基本的に同じだ。於茂登の他に、海南、川原、嵩田、計四つの集落が自衛隊基地建設に反対している。石垣市の有権者の40%に近い、約1万4千名が基地建設の是非を問う住民投票請求に署名したが、市長と市議会はこれを拒否した(今年の2月および6月)。防衛省防衛局はアセス逃れのために、3月初めから工事着工を強行した。まともな手続きは全くなされていない。勝負はすべてこれからだ。
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 建設予定地は、於茂登山の南側山麓に位置している。予定地の約4分の1は、ジュマールという名のゴルフ場とレストランや宿泊施設などがあったところ。その部分はすでに防衛省に売り渡されている。売った側は100数十億円を手にした。ジュマールの経営者だった売り主は、石垣の「幸福の科学」の責任者で市議会議員でもあるという。「幸福の科学」のポスターが貼られているジュマールの入り口が、今は工事車両の出入り口となっている。
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 約2年で「駐屯地造成」を行うという防衛省沖縄防衛局の掲示板は、急ピッチで突貫する意志を示している。地形も複雑で地中には大きな石がゴロゴロしていて工事は楽ではないはずだ。しかし、地形の複雑さも含めてミサイル基地用地としては絶好の場所であるらしい。石垣・宮古・与那国(そして奄美)の最戦線基地化が同時一体的に大規模に進められている。さしあたり与那国(160人)、宮古(800人)、石垣(600人)の人員とされているが、この規模にとどまる保証はない。
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 昨年12月に発表された新防衛大綱と中期防は、「専守防衛の枠」を破って、敵基地攻撃を可能とする大軍拡に踏み込んだ。それが安倍の改憲への執念と結びついている。「いずも」の空母化、F35の147基導入、イージス・アショア、巡航ミサイルを含む長射程のミサイルなどと同時に、「スタンド・オフの攻撃能力」が重要なキーワードとなっている。敵の攻撃が届かないところから攻撃するという意味である。
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 防衛省は5年後には、「島嶼防衛用高速滑空弾」を石垣・宮古に配備すると公言している。これはロケットで打ち上げられた弾頭部分が巡航ミサイルのように滑空して敵を攻撃する兵器で、距離はいくらでも延ばせるという。トランプが中距離核に関するINF条約を一方的に廃棄した(8月2日に実効化)中で、米軍とともに、自衛隊も敵地攻撃のミサイルを配備する計画なのだ。この南西諸島自衛隊配備は、「尖閣」を守るための必要最低限の軍事的措置などではない。政府と自衛隊は日米軍事同盟をバックに、「尖閣」防衛・島嶼防衛を口実として、中国との軍事的対決の最前線で、(島民を犠牲に)「戦って勝利する」つもりの態勢を構えている。
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 石垣市当局は、9月定例議会で市有地部分の売り渡しを強行する可能性がある。事態は緊迫している。現場の監視小屋を守りながら奮闘しているUさんは、「米軍基地反対の闘いは南西諸島への自衛隊配備反対の闘いと連動すべきだ」を掲げて、SNSで全国・全世界に発信している。石垣・宮古の闘いに注目し、支援しよう。(8月20日 Y・K)

【監視小屋と監視活動のためのカンパを百万人署名運動でも受け付けます】
  振込先(郵便振替) 口座番号 00150-1-410561
            口座名  百万人署名運動


新潟からのお便りです。
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台風10号の接近によるフェーン現象が起こり、前日に続いて二日連続の40度越えの猛暑に襲われた中で迎えた新潟の今年の「8.15」。百万・県推進委員会は今年も「8.15平和集会実行委員会」の方々と共催の8.15アピール行動(正午~NEX21ビル前にて)に取り組みました。
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韓国大法院の「徴用工判決」、それに対する安倍政権による韓国への経済報復が発動され、日韓関係がかつてなく険悪な中で迎えた今年の8.15は、吹き荒れる排外主義に反戦運動はいかに立ち向かうのかが問われていました。

参院選で、秋の臨時国会で改憲発議を狙う安倍政権は韓国・文在寅(ムンジェイン)政権との対決姿勢を鮮明にさせ(「韓国は国際約束をほごにした。日本もやるべき時はやる」7/3テレビ朝日)、政治的意図をもって、意識的に反韓・嫌韓の排外主義をあおりました。

これに対し私たちは、日韓対立の真の原因は、1910年の「日韓併合」は合法的に行われたとする安倍政権の傲慢な歴史観であると徹底的に批判し、韓国の労働者・市民と連帯しようと訴えました。平和集会実行委の女性は、午後からの沖縄をテーマにした8.15平和集会への参加を呼びかけました。

午後2時からは東中通教会で行なわれた8.15平和集会(日本キリスト教団と諸団体共催)に参加しました。今年は、沖縄から石原艶さん(「月桃通信」主宰)を迎えて『天皇と沖縄、そして今』と題してお話しいただきました。およそ80人の参加でした
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辺野古で座り込み、土砂搬入阻止を闘い続ける石原さんは、「物言わぬ民は滅びるのです」、「沖縄では日本軍は住民を守らなかった。憲法9条を失ったら日本はダメになる」、「キリスト者は闘わなければ…。核は人類を滅ぼす。辺野古の闘いは平和の祈りだ」と、会場の演壇に座り静かに訴えました。
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そして、「機動隊は敵ではなく、ちょうど私たちの孫みたいなものだ。非暴力こそ本当の力。安倍政権とアメリカ帝国主義が私たちの敵」と言われました。辺野古で闘う現場感覚からか、徹底的な非暴力主義でした。

天皇制については、「天皇と民主主義は両立出来るのか。天皇制とどう向き合うか、一人ひとりが問われる」と言われ、「神と天皇に同時に仕えることはできない」とクリスチャンとして一途に信じる道を歩まれている方で、淡々と語り描く現場での攻防とこだわりが、メッセージとなって脈打ち輝いていました。(百万人署名運動・新潟県推進委員会 KS)

7月26日午後6時より、杉並公会堂で「星野文昭さん追悼 獄死・国家犯罪を許すな7.26全国集会」が開かれました。5月30日夜、獄中での肝臓がん手術後容体が悪化して急逝された星野文昭さんを偲んで、720名が参加しました。

最初に、星野文昭さんの闘いの歩みを記録したビデオが上映されました。学生時代の星野さんの肉声や三里塚でのデモ指揮の様子、また、ペテン的な沖縄返還協定反対の沖縄での労働者のデモやゼネスト、これに連帯する東京での渋谷闘争などが映し出されました。なにより、逝去直後の星野文昭さんの穏やかな顔が「同志は倒れぬ」という厳かな歌声と共に映し出されました。獄中44年の闘いを経て、こういう形での多くの人々との対面となったことに、言葉もありませんでした。

主催者あいさつに立った全国再審連絡会議共同代表の戸村裕実さんは、今後の闘いとして、星野さんの命を奪った徳島刑務所・四国更生保護委員会、東日本医療センター、法務省にその責任を取らせる国家賠償請求訴訟をおこす。また、星野さんの無実を晴らすために家族が継承して第3次再審請求を行う、そして、星野さんと共に闘いでっち上げ逮捕された大坂正明さんの裁判に勝利しようと訴えました。
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また、6月9日に逝去された僧侶の青柳晃玄さん(暁子さんと獄中結婚するまで、星野さんの身元引受人をされていた方)への追悼が「群馬星野文昭さんの再審を実現する会」の方からありました。

続いて、星野さん奪還の闘いに尽力された方々から追悼の言葉がありました。星野文昭さんと暁子さんをモデルにした演劇「ブラインド・タッチ」を作・演出された坂手洋二さんからはビデオメッセージが届きました。
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四国更生保護委員会へ星野さんの医療検査を強く申し入れていた元参議院議員で弁護士の角田義一さん、NHK近くで“自動車の窓ガラスが光って見えた”という星野さんの無実を示す証言を自らの体験から真実だと確信されたという元NHKディレクターの永田浩三さん、ドキュメンタリー映画「獄友」監督の金聖雄さん、獄中医療の問題性を指摘されている医師の山田真さんなど多くの方々が自らの思いを語りました。
また、糸数慶子参議院議員、新井眞理佐渡市議会議員、トルコ国際労働者連帯協会ほか多くの人々から追悼のメッセージが届きました。
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休憩後、星野文昭さんと暁子さんの歌を作曲されてきた丸尾めぐみさんと福山竜一さんの心を込めてた歌がありました。星野暁子さん作詞の「あの坂を登って」は、暁子さんが文昭さんに面会に行くときの思いが歌われていますが、ピアノを弾きながら歌い終えたとき丸尾さんは「この歌はこれから、歴史の証言の歌になる」と感慨深く言われました。
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弁護団報告では、星野文昭さん解放に全力を傾けてこられた岩井信弁護士、藤田城治弁護士が、国賠訴訟、第三次再審闘争への新たな決意を語られました。岩井さんは、「星野さんが昨年8月に倒れたとき、徳島刑務所は胃痙攣と診断し一日だけ作業を休ませただけだった。その後星野さんは、食欲が減退し体重がどんどん減っていった。だから、私たちも外部の病院できちんと検査を受けるべきだと繰り返し申し入れてきた。3月にエコー検査をしたがその結果が知らされないまま、仮釈放は却下された。四国更生保護委員会の仮釈放審議において本人の心身の状況は調査事項だ。星野さんの死亡診断書には『巨大な腫瘍の切除術を行ったと書いてある。この巨大な腫瘍を作らせたのはだれか、真実を明らかにしていきたい」と述べました。
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また、大坂正明さんの弁護も担当されている藤田城治弁護士は、法務省は大坂裁判を裁判員裁判にして早く有罪判決にしようとしている、裁判員裁判に反対していこうと訴えました。
さらに、星野文昭さんの意思を引き継ぐ闘いとして、再審連絡会から狩野満男共同代表、地元杉並からほらぐちともこ区議会議員、全学連から高原恭平委員長からの発言がありました。

そして、最後に、お連れあいの星野暁子さん、お従兄の星野誉夫さんが登壇しました。
暁子さんは、「文昭の獄中44年の闘いを無駄にしたくない。ふりかけとみそ汁しか出ない徳島刑務所の朝食を食べながら、文昭は全世界のことを思って生き抜いてきた。国賠と第三次再審に勝利することを、“おとしまえをつける裁判として、人間が人間らしく生きられる裁判としてやっていきたい」と爽やかな、きっぱりとした口調で訴えました。誉夫さんは、文昭さんとは考え方に違う点もあるけれども、一日も早く外に出て二人が幸せになれるようにと全力を尽くしてきたこと、支援者へのお礼の言葉がありました。
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ロビーには、星野さんの子どものころからの写真が展示され、多くの人が会うこともできなかった星野さんを偲びました。
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改めて、星野さんの闘いに学ぶとはどういうことかと考えました。星野さんはあの狭い獄中で、劣悪な環境の中で、時には不当な懲罰房の中で、「人間らしく生きよう」と自らの生命を生き貫かれた。44年もの長い間、それができたのはなぜだろうか?

もちろん、家族・支援の存在は大きいと思うけれど、星野さんがいつもわが身を労働者民衆のド真ん中に置いていたからではないかと思います。そして、沖縄民衆の怒りや悲しみ、世界中で虐げられている人々の怒りが悲しみを感じとり、支配者・権力者の差別・分断・理不尽に対して共に怒っていたからだと思います。また、わが身に降りかかる理不尽や困難に対し自らがそれを一つ一つ打ち破り乗り越えていくことを通して、労働者民衆の苦闘に連帯し、共に進み、そうして団結を広げていく中に、未来を切り開く力を創っていくことができるという確信を持っていたからだろうと思います。

そういうふうに生きていけるようがんばりたいです。(S)




7月6日(土)夜、東京・文京区民センターで、辺野古へ行こう!キャンペーン第2弾の集会がありました(主催:辺野古への基地建設を許さない実行委員会)。政府が強行し続ける辺野古の海の埋め立て。これに抗して、辺野古の海と陸とで連日闘われている抗議行動。この行動に参加しよう、東京・関東からも「辺野古へ行こう」と呼びかける集会です。
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最初に、辺野古の座り込み行動に参加してきた方からのビデオ報告がありました。
(キャンプシュワブゲート前)
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(K8護岸を違法使用して土砂を陸揚げしている)
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(安和の琉球セメント桟橋前)3-3-CIMG2987

沖縄から、ヘリ基地反対協議会共同代表の安次富浩さんが参加され、現地の攻防についての具体的な報告がありました。
安次富さんは、「辺野古テント村の座り込みは7月4日で5555日を迎えた」と15年にも及ぶ現場の闘いを振り返り、「この闘いは、日本政府とアメリカ政府に対峙した闘いであり、差別されてきたことへの怒りの炎がたぎっている」、「私たちはあきらめない、と世界に発信しながら、勝利をめざして、ねばり強く闘う」と語られました。

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続いて、自然保護活動に取り組む花輪伸一さんから辺野古の海でのサンゴなどの環境破壊についてのお話がありました。とりわけ、超軟弱地盤の地盤改良にかかる多額の費用、改良工事による環境破壊の大きさを述べ、新基地建設は不可能であるとし、環境へのダメージが小さいうちに工事を中止し、埋め立て護岸と土砂を取り除いて、自然再生に取り組むべきだと訴えました。
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琉舞やアピールのあと、主催者から「辺野古へ行こう!」、そのための「辺野古派遣カンパ」への協力が呼びかけられました。
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座り込みなどは年配の沖縄現地の人々が交代で駆けつけています。「辺野古へ行ってみよう」と思われる方は、上記チラシの連絡先か、百万人署名運動(T/F03-5211-5415)までご相談ください。

また、7月21日に辺野古新基地反対の集会&デモが呼びかけられています。東京近辺の方はぜひご参加を!(S)

できない!つくらせない!辺野古新基地 7.21新宿アクション
とき◆7月21日(日)午後2時~大アピール行動(新宿東口アルタ前)
          3時~新宿周辺をデモ
呼びかけ◆辺野古の海を土砂で埋めるな!首都圏連絡会(tel.090-3910-4140)






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