とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

カテゴリ: 人権

千葉からのお便りです。
* * * * * * *
2020年7月10日に陸自オスプレイV-22が木更津駐屯地に暫定配備されてから今年1月で1年半が経過しました。木更津のオスプレイは昨年、館山基地(千葉県)、百里基地(茨城県)、東富士演習場(山梨県)などでの訓練を開始しました。12月から群馬県の相馬が原演習場で毎月の演習が始まっています。

一方この間、オスプレイ事故は目を覆うばかりです。12月1日、横田のCV-22オスプレイが館山基地に緊急着陸しました。館山基地での修理が12月20日までかかりました。それだけ危険だったということを示しています。山形、青森、沖縄などでオスプレイ事故が頻発しています。中国・台湾戦争情勢と直結しているのだと思います。


木更津駅前
わたしたちは毎月10日、暫定配備撤回をめざして、街頭宣伝を行っています。写真は1月10日午後の木更津駅頭の様子です。千葉駅近くでの「10日行動」では27筆の署名が集まり、そのほとんどが若い人だったようです。若い年代が動きつつあります。暫定配備撤回に向けて頑張ろう。(動労千葉を支援する会・木更津 T)



12月26日(日)午後、東京入管収容所(品川区)への激励デモが行われました(共催:外登法・入管法と民族差別を撃つ全国実行委員会/東京労働組合交流センター)。70人ほどが参加しました。
20211226-1
入管近くの公園に集まって2周するデモです。年内に仮放免される方もいると聞きましたが、それもわずかで、入管体制そのものを解体しないといけません。寒風が強く吹く中でしたが、力いっぱい声を出して収容者を激励し続けました。
20211226-220211226-3
20211226-4
20211226-5
収容所の中から手をふる姿が見えました。口笛や叫び声も聞こえました。
20211226-6
20211226-7
20211226-8
デモ後、決意を語る動労千葉の中村さん。
20211226-9
大行進呼びかけ人の福島さんは、「来年再び入管法改悪案が国会に出される。絶対に阻止しよう」と訴えました。
20211226-10
デモ後、入管施設南側に集まり、激励のスタンディングを行いました。

12月11日(土)午後、東京・亀戸文化センターで、「米軍機は上空を飛ばないで!」と声をあげ続けている「チーム緑ヶ丘1207」の皆さんとの交流集会がありました。「改憲・戦争阻止!大行進実行委・チーム緑ヶ丘1207支援プロジェクト」が昨年に続いて開催したものです。会場には35名が参加し、神谷武宏園長のお話や保育士・お母さんたちのお気持ちをお聞きして交流を深めました。
緑ヶ丘8
神谷園長は、パワーポイントを使って2017年12月7日に起きた米軍ヘリ部品落下事故当時のことや、お母さんたちが「子どもたちの命を守りたい」と事故の原因究明や米軍機の飛行停止を求めて署名活動、要請行動に奔走される様子を話されました。

米軍は、落ちた部品は米軍ヘリのものであると認めながらも、「部品の数はそろっている」言っていまだに落下させたことを認めていません。
(赤丸の中の部品と同じ落下部品がその上の写真)
緑ヶ丘1
また、事故後「好き好んで基地の近くに住んでいるんだろ!」というような誹謗中傷のメールなども連日送り付けられたそうです。神谷園長はその時のいやな気持ちを語りつつ、「この人たちは普天間基地がどのように造られたのか知らないのだろう」と、普天間基地の歴史について話してくださいました。

米軍は1945年4月1日に沖縄に上陸後、南部で戦闘を続けながら中部ではすぐに2700㍍級の滑走路の建設に取りかかったのです。米軍は背が高くて美しい琉球松並木(下の写真)を伐採し、ブルドーザーで民家や畑をつぶし、お墓まで壊して遺体を引きずって突貫工事で飛行場を造っていったのです。
緑ヶ丘2
戦争が終わって、住民は収容所から解放されました。また、疎開先から帰ってきました。しかし人々は住んでいたところが滑走路になっていたので、仕方なくその周辺に土地を分け合って住むしかありませんでした。そのようにして、戦後の宜野湾市の復興が進みました。
(現在の普天間基地)
緑ヶ丘3
11月23日には、保育園から400㍍のところに飛行中のオスプレイから30センチもの水筒が民家に落ちてきました。「再発防止」と何度言っても全く解決されていません。
21-11-29-05
神谷園長は、「沖縄が未だ占領地であると感じてならない。しかし沖縄もまた日本国憲法の下にあるはず、基本的人権、命の尊厳は保障されているはずです。なぜ、沖縄が米軍基地からの脅威に毎日さらされ続けなければならないのか。これは差別です。日米安保の弊害がどこで起きているのか。日米地位協定の弊害を皆さんが住んでいる場所で感じるでしょうか。沖縄の基地問題は日本の問題であり、みんなで考えるべき問題です。みんなでこの問題に向き合いませんか」と結ばれました。

保育士さんやお母さんたちからも、今の状況についてのお話がありました。

「先日のオスプレイからの落下事故で、4年前と同じいや~な感情がワーっとよみがえってきました。体調をくずしたり、落ち込むお母さんたちもいます」

「最近、低空飛行が多く、回数も多い。子どもたちの遊び、生きることそのものが疎外されていて、この理不尽な状況はなんだろうと思います。保育士としては、米軍機の轟音に、子どもの背中をさすって、いやだねー、うるさいねーと言って、いやなことはいやだと言っていいんだよと子どもたちと向き合っている」

「状況が変わらない、ますますひどくなっている。米軍機が飛ぶたびに授業が中断される状況は当たり前ではない。基地の問題の前に子どもたちの命の問題、人権の問題だと思います。米軍機が飛ばないのが当たり前となるよう一緒に考えてください」
緑ヶ丘4
会場からも発言がありました。参加された地元の牧師さんの発言の中で、「お話を伺うと沖縄の問題を自分の問題だと感じるが、日常的にそれを持続するのが難しい」とありましたが、これに関して神谷牧師は「情報が届いていないからです。ぜひ東京で沖縄の新聞(琉球新報、沖縄タイムス)をとって情報を共有してもらえたら」と言われました。
緑ヶ丘6
また、千葉の木更津からの参加者からは、普天間基地のオスプレイの修理をしている木更津基地の様子や自衛隊オスプレイ常駐化反対運動の報告があり、横須賀基地反対に取り組む神奈川の仲間からの報告もありました。百万人署名運動からは、12月7日の防衛省抗議行動で防衛大臣あての「緑ヶ丘保育園上空などへの米軍機飛行禁止を求める」要請書を読み上げて提出したことが報告されました。
防衛省申入書
神谷牧師やお母さんたちの訴えをかみしめながら、一緒に進んでいきたいと思いました。(S)

当日の様子は、琉球新報にも報道されました。
(12月12日付琉球新報より)
1-211212琉球新報

琉球新報 12月11日より
チーム緑ヶ丘から新団体「#コドソラ」へ
米軍部品が落下した保育園の保護者「飛ばないで」訴え続ける
f4c7da5cd2689ba09a986c8736425e06
2017年12月に米軍ヘリ部品落下事故が発生した宜野湾市の緑ヶ丘保育園保護者らでつくる「チーム緑ヶ丘1207」は10日、県庁記者クラブで会見を開き、来年1月から新団体「#コドソラ」に移行することを発表した。同保育園のほか同市の普天間小学校、普天間第二小学校なども対象に、上空の米軍機飛行禁止を求めて活動を続ける。

緑ヶ丘保育園の部品落下事故当時に最年少だった1歳児クラスの園児が来年3月に卒園する中で、周辺での米軍機の飛行が続いていることから、新団体に移行しての活動を決めた。会見で宮城智子会長は「『#コドソラ』は『子どもの空を守りたい』という意味だ。子どもたちが成長しても声を上げ続けねばならない」と語った。

書記の与那城千恵美さんは「チーム緑ヶ丘1207」での活動を「私たちは子どもとの大切な時間を削って活動してきた。(沖縄防衛局などへの要請で)子どもの命への危機感に差があると感じている」と振り返った。「(飛行禁止の)要望が守られ、子どもたちが安心安全に学校へ通い、遊び、学ぶことが活動のゴールだ」と強調した。

現在は同保育園の保護者と元保護者9人が参加している。緑ヶ丘保育園と普天間、普天間第二の両小学校の保護者以外でも、学校上空の米軍機飛行に不安を持つ人に参加を呼び掛けている。




11月15日午前、法務省・国に対し星野文昭さんの獄死の責任をとらせる国賠訴訟の第8回目の裁判が東京地裁で行われました。裁判後、日比谷公園霞門に集まり、星野さんの遺影と共に法務省への抗議デモを行いました。
星野2

2019年5月28日、東京・昭島市にある東日本成人矯正医療センターで肝臓がん摘出手術を受けた星野文昭さんは、2日後の30日に帰らぬ人となってしまいました(享年73歳)。

手術は成功していたはずなのに…、手術後執刀医は帰ってしまい、異変が起きた星野さんはそのまま放置されてしまったのです。国は無実の星野文昭さんに45年近くもの獄中生活を強い、結果大変な病気にさせてしまったのに、適切な治療をまったくなさないまま、必死に生きようとしていた星野さんの命を奪ってしまった。これこそ国家的大犯罪であり、許してはなりません。

デモ出発前に裁判の報告があり、そもそも徳島刑務所での医療体制はどうだったのか、その問題性の追求に法務省側はそわそわしていたとのことでした。また、年末には、手術後に当然の医療がなされていれば星野さんは100%死なずに済んだという肝臓の専門医の意見書が出されるそうです。
お連れ合いの暁子さんも「昨日、渋谷闘争から50年目の現地調査を行い、多くの人が参加してくれた。大坂さんへのフレームアップを許さず一体で闘っていきましょう」と訴えられました。

星野1

法務省前では、ひと際大きな声でシュプレヒコール。
「法務省は、星野さんの死の責任をとれ!」
「獄中者も人間だ!」
「医療放棄を許さないぞ!」
星野3

11月28日(日)午後2時から、葛飾区のかめありホール(亀有駅南口すぐ)で、ペテン的な沖縄返還協定の批准を阻止しようと全力で闘った星野さん、大坂さん、奥深山さんと団結し、改憲・戦争と闘う11.28全国集会が開かれます。午前中に大坂さんが囚われている東京拘置所包囲デモも呼びかけられています。
沖縄、米軍基地をめぐって闘われた50年前の若者たちの闘いは、いま、辺野古基地建設、南西諸島へのミサイル基地建設の強行を目の前にして、私たちの闘いの課題として続いています。
一緒に考えていきましょう。(S)

1-11.28ビラ1
2-11.28ビラ2


10月15日(金)、約200人が官邸前に集まり、岸田新政権に「原発はいらない!」「どこにもいらない!」と叩きつけました。
官邸前1
呼びかけ人の落合恵子さんも駆けつけアピール。 岸田政権に対して「10月7日に大きな地震があった。私たちは地震列島の上に生きているという事実をしみじみと感じた。にもかかわらず原発再稼働ですか!」と糾し、「原発再稼働の黙認は、再びの悲劇を生む。究極の悲劇とは善人の沈黙である」という大飯原発差し止め判決を出された樋口裁判長の言葉を紹介して、「良き人になるということは、沈黙をしない人になることだ」と訴えました。
官邸前2
同じく呼びかけ人の柳田真さん(たんぽぽ舎)は、自民党の甘利幹事長が「小型炉で建て替えよう」と発言したことに対して、「小型炉も原発そのもの、使用済み燃料も放射性廃棄物も生じる。ごまかされてはいけない」と警鐘乱打しました。
1-小型炉
全国の金曜行動との連帯では、栃木県日光市の「さよなら原発 日光の会」と島根県の「さよなら島根原発ネットワーク」から連帯のメッセージが届けられ、読み上げられました。官邸前の金曜行動が全国の金曜行動とつながっていることが感じられるコーナーです。
官邸前4
今回も、リレーアピール、突撃インタビュー、日音響の元気なうたなど、参加者からのアピールがさまざま続きました。
今回初めて参加されたという福島からの避難者でシンガーソングライターの「YUKARI」さんが自作のうたを披露してくれました。短くて残念でしたがアカペラですてきでした。
官邸前6
また、避難者のいじめ問題とも闘っている若い鴨下さんも発言され、「僕たちは汚染があるから避難しているのに、国が出した副読本では汚染がもうなくなったかのように書かれている。これではいじめがさらに広がってしまう。このことを役人に訴えたが、役人は壊れたラジオのように同じことを繰り返すばかり。本当に悲しかった。国や東電はもっと誠実に対応して欲しい」と訴えました。原発事故の責任をとらないばかりか、その後も子どもたちの心を傷つけ続ける日本政府と東電にさらに怒りがわきました。
官邸前8

来月の官邸前金曜行動は、11月26日(金)です。
11月の第3金曜日は19日ですが、この日は総がかり行動などの国会前19行動と重なってしまうので、次の金曜日である26日になるそうです。
手作りプラカードなどを持って駆けつけましょう!(S)


↑このページのトップヘ