とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

カテゴリ: 原発

4月13日(火)、トリチウム汚染水の海洋放出の閣議決定に抗議して、12時から13時まで、首相官邸前で抗議行動が行なわれました。主催は「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」。
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この日の朝、テレビの臨時テロップに「処理水海洋放出 閣議決定」が流れ、早朝の閣議で決定したことに抗議して、多くの人たちが首相官邸前に集まりました。
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12時からの抗議集会では、最初に鎌田慧さんが発言し、「汚染水タンクがいっぱいになると言うが東電がタンクを増設して保管するのは当然。また、1973年の石油危機以降、巨大なタンクの石油備蓄基地をつくったのだから、そういう汚染水保管タンクをつくってまず半減期(12年3月)を待つ。同時に、トリチウム除去装置を早急につくれ」という具体的提案をされました。
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原水禁議長の藤本さんは、「大型船で保管すればいい」と提案。福島からの抗議メッセージも読み上げられた。続く全労協、ピースサイクル、たんぽぽ舎、経産省前テントなどからの発言も怒りに満ちていた。政府や東電はトリチウム汚染水を「処理水」などいいなし、無害であるとか「風評被害」を強調しているがとんでもないことだ。
閣議決定されたからと言っても時間はある。実行できなくする闘いをしていこうという司会のまとめを確認して、抗議行動を終えました。
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全体集会が終わったのち、「NAZEN」(すべての原発いますぐなくそう!全国会議)が地下鉄出入口前で簡単なまとめ集会を行ないました。トリチウム汚染水がどんなに危険なものであるかとか、コロナ危機の中でオリンピックをやめようとしない政府・東京都・JOCへの糾弾発言がありました。
また、この日、同時刻に参議院会館前で行われていた「デジタル監視法案反対」の集会に参加していた仲間も駆けつけ連帯のアピール。官邸前5
今後の闘いを確認して、団結ガンバロウ! で行動を終えました。
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「汚染水を海に流してはいけない!」と久しぶりに遠方から駆けつけた人や、菅政権の横暴に「何か行動しなければ」と東京新聞を見て駆けつけた人など、怒りと危機感が広がっていることを実感。福島の怒りと共に行動しよう!(T)


3月27日、暖かな日差しの中で、福島原発事故から10年目の「さようなら原発」首都圏集会が開かれました。コロナ対策の人数制限で、会場の日比谷野音は早々に入れなくなり残念でしたが、会場外も含めて1500名が参加。久しぶりの「さようなら原発」集会&デモをやり抜きました。
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午後1時30分からの集会では、呼びかけ人の鎌田慧さん、澤地久枝さんが挨拶に立たれました。お二人とも、これまで脱原発の声を上げ意志を伝え続けたことの意義を確認し、それを無視して原発をやめようとしない政府に憤りながら、「未来をつくるために、この運動はある」(鎌田)、「いのちある限り、若い人たちに語りかけていきたい」(澤地)と思いを述べられました。澤地さんは90歳になられたそうですが、いつものように張りのあるお声で参加者に訴えられました。

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福島原発刑事告訴団事務局長の地脇美和さん、城南信用金庫名誉顧問の吉原毅さん、衆議院議員の菅直人さん、東海第二原発運転差止訴訟原告団共同代表の大石光伸さんらが発言。
大石さんは「この判決は国際的な常識に立ったものだ。しかし、裁判長は『司法ができるのはここまで、あとは住民の粘り強い運動で原発をとめてほしい』と言っていると受け止めたい」と言われ、廃炉に向け全国の原発をとめる一歩としようと呼びかけました。
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最後に、呼びかけ人の落合恵子さんが登壇され、「原発ゼロ、世界から核をなくしていく、このあたりまえのことをしましょう」と訴え、「人生は驚くほど短編だった。でも、その最後の数ページをしっかり書かせてもらおう。もう一度、前に向かって歩いていきましょう!」と呼びかけられました。

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参加者も、元気にアピール。

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汗ばむような上天気の中を、デモに出発です。一番最後の梯団に入りました。

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東京五輪反対の人々ともエールの交換。
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東電前では、ひと際大きな声でシュプレヒコール。
「原発も、汚染水も持って帰れ、東電!」
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デモは、このあと銀座~数寄屋橋交差点へ。
多くの人々が街に出ている中、「原発いらない、どこにもいらない」「東海第二原発再稼働反対!」「オリンピックやめて、命を守れ」…とアピールしました。
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デモは鍛治屋橋駐車場前で流れ解散。
「福島は終わっていない!原発ゼロへ!反原発の闘いを前に進めよう!」と確認し、団結ガンバロウ!

今年は、デモをしながらのお花見となりました。(S)
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東北大震災~福島第一原発爆発から10年目の3月11日、福島県郡山市の開成山公園野外音楽堂で開かれた「3.11反原発福島行動2021」に参加してきました。2月の地震の影響で屋内会場が使えなくなり、急きょ野外会場に変更となりましたが、幸い晴天となり、日射しもとても暖かく良かったです。

集会では、現地の10年間の苦闘と怒りの声が続きました。
福島
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「10年目の福島 被曝の現実は変わらない」というテーマでのトークセッションでは、飯館村の伊藤延由さん、三春町の飛田晋秀さん(写真家)、ふくしま共同診療所院長の布施幸彦さんが、それぞれ10年間とんでもない被曝が強要されているということを訴えられました。

伊藤さんは、10年たって明らかになった現実として、腐葉土が大きな汚染源となって放射線セシウムが自然の循環サイクルに組み込まれたと指摘されました。土壌汚染→根から吸い上げられ葉に出る→葉は落葉し腐るがセシウムはその場に蓄積される。これが毎年繰り返されていると言われ、樹木もセシウムに汚染されているし、キノコを食べられるようになるには300年待つしかないと言われました。

そして、見えないし匂いもしない放射線を、音で表す機器を使って感じさせてくれました。空間線量を計ったときの音と飯館村のキノコに当てて計った音は、大きさもそのピッチも大きく違いました。伊藤さんが手にしているのは「線量が低めのを持ってきた」というキノコですが、明らかに高い放射線が発せられていることを目の当たりにしました。
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「食べても安全だ」という人もいることに対し、伊藤さんは「もちろん、直ちに影響はありませんよ。でも、必ずどこかにリスクを負います」とはっきりと言われました。

飛田さんは(上の写真の右側)、原発事故翌年に避難地域に初めて入ったとき「街があるが人がいない」風景に背筋が寒くなった思い、怒りと涙でシャッターを切ったことなどを語られ、自分に何ができるかと悩んで撮影に行くようになったと語られました。そして、金をかけて、帰還困難区域に常磐線を開通させ、住宅地はバリケードで入れず道路だけは除染して「復興」だとし、22年からは避難指示を解除するなど、「殺人行為だと思う」と言われました。

また、フランスへ行ったとき専門家に「チェルノブイリは30㎞以内は立ち入り禁止だ。0.07μ㏜/h以上は立ち入り禁止だ。日本の現状は話にならない」と強い憤りをもって言われたと話され、今の福島が置かれている現状を全国の人々に伝えたい、写真を持ってどこへでも行くと言われました。
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ふくしま共同診療所の布施先生が、体調不良で参加できなくなったの渡辺瑞也さん(相馬市、小高赤坂病院院長)の報告を代わって報告されました。

渡辺さんは、この10年で福島県民の健康状態が悪化している、原発事故前と後では死亡率も高くなっているし、がんも多発していると。特に女性の死亡率が高いのでなぜかと思っていたら、後に外国の資料から女性は男性より放射線への感受性が高く抵抗力が弱いと知り原発事故の影響だと確信されたとのことでした。

数日前に、国連の科学委員会が、福島原発事故による住民への健康被害はないとする報告書を発表し、マスコミで大々的に報道されましたが、こういうデタラメで真実を覆い隠そうとするやり方に怒りがわきます。

ミニコンサートでは、10年前にも福島に駆けつけたという中国出身のサージュさんのうたとグオミンさんの木琴演奏があり、魅了されました。また、毎年演奏してくださる地元の稲葉隆一さんのサックスの音色も素晴らしかったです。
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全国からは、三里塚芝山連合空港反対同盟、星野暁子さん、NAZENヒロシマ、動労水戸からアピールがありました。

また、特別報告として「子ども脱被ばく裁判原告」からの訴えがありました。国や県の被ばく対策の責任を問うた親子らが原告の裁判で、福島地裁は3月1日に不当判決を下しました。

「10年たっても終わってない。日々無用な被ばくを子どもたちにさせている。子どもたちを守るのは親の責任」と訴えるお母さん。6年以上の裁判を闘って、被ばくの現実があるのにこれを退ける裁判所とは!悔し涙が出ました。お母さんたちは仙台高裁に控訴して闘いを続けると表明、共に闘っていきましょう。
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途中、地震があった14時46分に黙とう。

「ふくしまの決意」として、希望の牧場の吉沢正巳さんがアピールしました。「300頭の牛を国に対する抗議・抵抗のシンボルとして最後まで生かす」「21000人いた浪江町にもう20000人は帰ってこない」「汚染水を海に流したら請戸漁港は成り立たない」「原発廃炉なんかできない」「原発の時代を終わらせるんだ。そのために国民が実力を持とう。仲間を増やそう!」吉沢さんの魂の叫びが、ビンビン迫ってきました。
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集会後は、郡山駅までデモ行進。
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原発いらない、再稼働するな!
原発事故は終わってないぞ!
汚染水流すな!
オリンピックやめろ!福島10
途中、うれしそうに手を振ってくれる人や歩道を一緒に歩く中学生たちもいました。
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駅に近くなったところで、「日の丸」を立てた右翼の妨害行動にあいました。
何を言っているのか?よくわかりませんでした。
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私たちは、堂々とデモをやり抜きました。
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デモ後、すぐに新幹線で東京の3.11経産省テント前や東電前行動に向かわれた方たちもいました。ご苦労様です。
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私たちは、郡山駅の中にある立ち食いそば屋さんで腹ごしらえをして、「青春18きっぷ」で東京へ向かいました。(S)

東京での3.11行動にもたくさんの人々が参加しました。
(レイバーネットより)
3.11東電前集会
3.11経産省前集会

山梨県からの報告です。
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2月28日、「ぴゅあ総合」(甲府市)にふくしま共同診療所医師の杉井吉彦さんを迎え、反原発講演会が開催されました。コロナ禍の厳しい条件下にもかかわらず、約30名が参加し、福島の今に耳を傾けました。

講演会では、最初に「放射能から福島の子どもたちを守る山梨の会」の宮沢さんが主催者を代表してあいさつ。「政府は復興五輪と言っているが、被災地の現状は忘れられている。原点に立ち戻って人類と核・原発は共存できないと声を挙げていこう」とアピールしました。
山梨1

いま福島で問題になっていること

杉井さんの講演では、「今、福島で問題となっていること」として、①小児甲状腺がんの多発、②高汚染水の海への放出、③「中間貯蔵施設」への除染廃棄物搬入による放射能汚染の拡大、④第一原発の危険な廃炉作業と原発労働者の被曝、⑤帰還政策と補償の打ち切りの5点が挙げられました。とくに「高汚染水の海洋放出」と「小児甲状腺がんの多発」の問題が豊富な資料を使って詳しく報告されました。(以下、一部を要約)
反原発講演会

海洋放出されるトリチウムは430年分!

福島第一原発では今も1日170トンの汚染水が発生している。それを止めるには溶融燃料(デブリ)を取り出して鉛の箱に保管するしかない。しかしデブリの調査は始まったばかりで、取り出すための機械の開発もこれから。取り出せたとしてもそれをどこに持っていくか決まっていない。何も解決していない。だから汚染水は増え続ける。

東電は「敷地が足りない(タンクを増設できない)」と言っているが、本当か? やる気があれば場所はある。しかし「これ以上溜められたら困る」という気持ちがあるのだろう。

東電や政府は「今までも原発ではトリチウムを流していたから安全だ」というが、第一原発に溜まっているトリチウムは860兆ベクレル。3・11前は全国の原発が流していたトリチウムは年間2兆ベクレルで、実に430年分を海に流そうとしている。

トリチウムが危険か安全かは今も論争中だが、430年分を流すのが安全かどうか、やったことがないから誰も分からない。それを「安全だ」というのは無責任。放射線に「絶対安全」という基準はないというのが医学の基本。薄めて流しても総量は変わらない。

追いつめられた末の「過剰診断」論

       がん(疑い含む)  手術実施(がん確定)
1巡目(先行検査)    116       102(101)
2巡目(本格検査1)      71              54(54)
3巡目(本格検査2)      31         27(27)
4巡目(本格検査3)      27         16(16)
25歳時節目検査     7              4(4)
集計外         12               12(11)
合計            264        215(213)

第40回県民健康調査検討委員会(21.1.15)資料をもとに作成
(福島診療所建設委員会『Sun Rise』No.24より)

当初、福島医大や県の検討委員会は、福島での小児甲状腺がんの多発を「スクリーニング効果だ」と説明していた。それが本当なら2回目は陽性が出ないはずだが、2回目の検査でも出て、地域差も出た(避難区域等13市町村、中通り、浜通り、会津地方の順に多かった)。男女比も、本来は女性に多い病気だが福島では1対1でチェルノブイリと同じ。10年経って事故当時乳幼児だった人からも出た。放射線被曝の影響を否定する説明ができなくなり、「過剰診断だ」と言い始めている。

しかし、過剰診断でこの多発は説明できない。放出された放射性ヨウ素はチェルノブイリより少ないと言われているが、低線量でも影響が出ることは国際機関も認めており、人口密度が高い福島での多発は説明がつく。ところが、緑川早苗という元福島医大の医師は検査の「デメリット」を強調し、学校での集団検診をやめさせようとしている。

昨年7月29日、広島「黒い雨」訴訟が全面勝訴し、内部被曝が初めて公的に認められた。福島の健康問題はまだ始まったばかり。広島・長崎の経験に学びながら身辺に起きる異変を丹念に記録し超長期に取り組んでいく必要がある。

今後も保養活動をつづけよう

講演を受け、活発に質疑応答が行われました。
「保養でのコロナ対策は」「福島の伝承館などで子どもを学ばせるよう学校に通達が来ているがどうか」「福島を訪れると帰宅後、体調が悪くなるのは放射能の影響か」等々。

最後に、司会が「女性が立ち上がり森を辞めさせた。被曝による健康被害を認めさせ、原発をなくすまで、声を上げ続けよう」と締めくくり、閉会しました。(百万人署名運動・郡内地区連絡会)


東京北部連絡会からの報告です。
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10年目の3.11を前にして、としま区民センターでNAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議)いけぶくろ主催の講演会が行われました。
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講師の小笠原和彦さんの主な話は、著書「東電被爆二〇二〇・黙示録」(風媒社刊)中にもある福島県飯館村の居住者から直に話を聞いた取材報告でした。そもそも取材を開始したきっかけは、小笠原さんの住まいの松戸市を含む千葉県東葛地域から3人の子どもが甲状腺がんと診断されたことを知って、これは看過できないと考えたからだそうです。
小笠原さんは2017年11月(飯館村は2017年3月末に長泥地区を除いて避難指示が解除された)から現地入りし多数の取材を行われ、その中から数例を紹介されました。

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始めのAさんの話は衝撃的でした。原発事故から1年間、無人となった村内をマスク・防護服も付けないで巡回して被爆した。鼻血が出て6月には髪の毛がバッサリと抜け、1年間下痢が続いた。村民避難開始はやっと3月19日で、それも村民約6000人強のうち19日は511人にすぎなかった。村民を被爆させた!と怒りの声。

甲状腺とリンパ節を摘出してホルモン剤を服用しているOさんは、南相馬市立総合病院の2010~2017年の患者推移の資料を見せながら事故後いろんな病気が増えたと話したそうだ。資料は甲状腺がん、白血病、心筋梗塞や肺がんなどの患者数が急増する実態を示しており大変なもの。今年の1月15日の県民健康調査検討委員会発表によると、小児甲状腺がんの疑いは252名で、うち手術を受けた子どもは203名とある。

甲状腺摘出した高校教師は「原発事故であろうが、なかろうが…国には将来を担う子どもたちを守る義務があるのです」と述べて、甲状腺機能症状が発見できる血液検査の実施をエコー検査の前にするように訴えている。
農業研修所の管理人の男性は、研修所の裏山は線量が1.24μsvと高いと。マツタケで年間100万円も稼ぐ人もいたが汚染で食べられなくなったという。彼の娘さんも3.11当時妊娠されていたのに稽留(けいりゅう)流産したという悲痛な話など…。

講演を聞いて、まだまだ原発事故による身体への影響、健康被害の本当の姿・実態すら知らないのだと感じました。まずは直近に迫る汚染水の海洋放出、東海第二や女川原発など再稼働反対の声をあげて行動していきたいと思いました。(東京北部連絡会 H.N)


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