5月31日(水)13時を少し回ってから15時頃まで、今国会6度目の参議院憲法審査会が行われました。4月5日の第1回以降、4月19日と休日の5月3日を除き、ほぼ毎週の開催が続いていましたが、先週は開かれず、2週間ぶりの開催となりました。

この日の議題は参議院の緊急集会で、このテーマを取り上げるのは今国会4回目でしたが、今回は3名の憲法学者を招いて参考人質疑が行われました。まず、松浦一夫・防衛大教授(自民党推薦=推薦した会派名は同日付の『朝日新聞デジタル』の記事による/以下同じ)、長谷部恭男・早稲田大大学院教授(立憲民主党推薦)、土井真一・京大教授(立憲・公明党推薦)から1人15分程度で意見を聴取し、次に7会派の代表が1人8分以内で、さらに予定時刻まで3人の委員が1人5分以内で質疑を行いました。

長谷部氏は5月18日の衆院憲法審に続く登場で、当然ですがそのときと同様の意見を述べていました。また、「サル」発言で(特に維新の会から)厳しく批判され野党側筆頭幹事を辞任した小西洋之氏(立民)が、今国会の参院憲法審で初めて発言しましたが、氏が指名されると維新と国民の委員がニヤニヤしながら顔を見合わせていました。
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以下、この日の参考人、委員の発言の要旨を報じた『東京新聞』のウェブサイトに掲載された記事を転載させていただきます。

参院憲法審査会・発言の要旨(2023年5月31日)
『東京新聞TOKYO Web』2023年5月31日

31日の参院憲法審査会での主な発言の要旨は次の通り。
◆参考人の意見陳述
松浦一夫防衛大教授 
衆院解散後、あるいは任期満了後に重大かつ長期の緊急事態が発生し、総選挙の実施が困難となり、長期に衆院不在となる場合を、現行憲法は想定していない。

参院の緊急集会に国会の権能を必要な期間代行させればいいという主張は、現行憲法の中にあえて緊急事態対応の根拠を読み込み、このような解釈があると主張するものにすぎない。緊急時の政府の迅速な対応と議会による民主的統制の確保に最も有効な方法は何かという視点を欠いている。

憲法改正により緊急事態宣言の制度を設定し、宣言下での衆院議員の任期の延長や衆院解散の禁止などの措置を認め、国会が両院完全な形で政府を統制するほうが民主的観点からはるかに効果的であると考える。

長谷部恭男早稲田大大学院教授 
参院の緊急集会による対応は、限られた期間しか通用しない臨時措置だ。平時の状況が回復したときは速やかに通常の制度への復帰が予定される。

非常事態は、あらゆる考慮要素がくまなく総合的に勘案されるべきで、日数を限った規定の文言にこだわり、それを動かし得ない切り札のように捉えて議論を進めるべきではない。
(緊急集会を定める)憲法54条が日数を限っているのは、現在の民意を反映していない政府がそのまま政権の座に居座り続けることのないようにという考慮からだ。緊急集会の期間が限定されているように見えることを根拠として、衆院議員の任期を延長し、政権の居座りを認めるのは、本末転倒の議論ではないか。

土井真一京都大教授 
緊急事態において、国民の生命、権利等を守るために必要な措置を講じることは、政府の重要な役割だ。同時に、緊急事態は権力の簒奪や乱用が行われる危険性の高い時期なので、これを防止するための仕組みは国会で慎重に検討いただくべきだ。

その際、緊急事態から通常時への復元力の高い仕組みを検討し、通常時に復帰した後、緊急事態で講じた措置について、合憲性、合法性を審査する機会を適切に確保していただきたい。

この点、緊急集会は合理的な設計に基づく制度の一つで、もし緊急集会に代わる仕組みを検討するのであれば、緊急集会よりも優れた仕組みだと国民が納得するようなものとなるよう検討いただく必要がある。

◆各会派代表の質疑
浅尾慶一郎氏(自民)
70日を超えて緊急集会を開くことができるか。
土井氏 
総選挙ができず、衆院解散から70日過ぎた段階で参院が(緊急集会での)法案や予算案の審議を打ち切れるか。70日を超えて緊急集会を認めることはできる。
杉尾秀哉氏(立憲民主)
参院の緊急集会と、任期延長された国会、どちらに正統性があるか。
長谷部氏 
任期延長は民意の反映という点で問題。参院の緊急集会制度を活用し、早く選挙を行い、新たな国会を召集するのが民主的な制度の運用だ。
西田実仁氏(公明)
議員の任期延長も暫定的、一時的で、参院の緊急集会と根本的な差異があるとまで言えないのではないか。
松浦氏 
緊急事態を宣言することはめったにやってはいけない。それをやらざるを得ない状況をはっきりさせなければいけない。
音喜多駿氏(維新)
参院の緊急集会を延ばして復元しないという権力の居座り方も考えられるのでは。
長谷部氏 
現行制度では、内閣が提示した案件が全て終了すれば、そこで緊急集会は閉じることになっている。いつまでも続くことは考えられない。
礒崎哲史氏(国民民主)
どれくらいの期間まで緊急集会は認められるか。
土井氏 
自然災害等の緊急事態の実情に即した対応を行うほかない。東日本大震災の際、最大7カ月程度の(地方選挙の)延期が行われた事実は参考になろうかと思う。
山添拓氏(共産)
任期延長された議員は次の総選挙を行おうというインセンティブが働かないのでは。
松浦氏 
国家の緊急事態に、任期を一時的に延長する。その必要がなければ緊急事態宣言を解除するというシステムを作れば、乱用の危険はない。
山本太郎氏(れいわ)
緊急事態に備えよという議論がされ、憲法改正を目指すのなら、まず原発の即時停止が憲法上の要請にもかなうのではないか。
長谷部氏 
憲法で対処する以前の問題として、喫緊に対処が必要な政策課題があるのは、その通り。
*引用、ここまで。

衆院とは異なる? 参院公明党の立ち位置

この日の議論を聞いていてやや意外に感じたのは、公明党の西田実仁氏の発言でした。
氏は、「まず、私の考えを述べる」として、「緊急事態時には政府に権限を集中させる必要があり、その活動を国会が適切に監視しなければならないため、国会議員の民主的正当性の確保が重要だ。できる限り選挙を行うべきであり、参議院の緊急集会と繰延べ投票での対応を基本としつつ、衆院選が相当数の選挙区で長期間実施できないというきわめて例外的な場合にのみ、議員の任期延長や前議員の身分復活を認めるかどうか慎重に検討すべきだ。その際には、参議院の緊急集会で議決を行うことで民主的な正当性を担保すべきだ」と表明しました。

また、長谷部氏に「繰延べ投票ではなく、緊急事態が収束するまで議員の任期を延長した上で全国で一律の投票を行うべきとの指摘がある。そういう憲法学説を聞いたことはないが、先生はどうお考えか」と質問し、「私自身は、全国一律でなければいけないという要請は憲法上それほど強いものではないと考えている」という回答を引き出していました。

なお、同じく公明党の佐々木さやか氏も、「冒頭、私の考えを申し上げる」として、「基本的に、緊急事態については参議院の緊急集会と繰延べ投票で対応できると思っている」と述べました。

衆院の憲法審では、北側一雄氏が東日本大震災後の地方選での繰延べ投票実施の事例を挙げながら、何度も何度も議員任期延長の必要性を強調しており、同じ党でも衆参両院でだいぶ考え方が異なっているのだなと思いました。
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旗色が悪かった緊急集会の70日限定説と衆院議員の任期延長論

上掲の『東京新聞』の記事にあるように、3名の参考人の中で、松浦一夫氏は「憲法改正により緊急事態宣言の制度を設定し、宣言下での衆院議員の任期の延長や衆院解散の禁止などの措置を認め、国会が両院完全な形で政府を統制する」べきだと表明し、参議院の緊急集会は70日を超えて開けないと主張しましたが、長谷部恭男氏は衆院議員の任期延長に否定的、土井真一氏は慎重な立場を明らかにし、両氏とも緊急集会は70日を超えて継続できると述べました。

わずか3名の憲法学者の見解から学界の有力説を推測することはできませんが、少なくともこの日の参考人質疑では、緊急集会の開催期間が70日に限定されるという見解と、緊急事態時に多くの地域で国政選挙の実施が70日を超えて困難となる場合には衆院議員の任期延長によって二院制の国会を維持すべきだという主張は、旗色が悪かったように感じました。

特に、後者をめぐって、「私の学説を申し上げる」として土井氏が述べた「参議院の緊急集会は、参議院という国家機関が国会の権能を代行するもので、その意味で民主的正当性に問題がある。ただ、そういう状態であるからこそ、緊急集会の方が、任期を延長し選挙が行えていない存在を完全な国会であるかのようにするよりは、国会を正規の状態に戻そうとするレジリエンス(復元力)が働くのではないか」という見解には、私は確かな説得力があると思いました。
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なお、想定される選挙困難事態の期間について、今国会でも北側一雄氏などが度々言及してきた「東日本大震災後の最大7カ月程度の延期」に加えて、土井真一氏が紹介した終戦後最初の衆院総選挙の事例はとても興味深いものでした。土井氏の指摘は、
(東日本大震災のほか)もう1つの事実は、終戦後最初の帝国議会衆議院議員総選挙が、昭和21年4月10日に行われている事態だ。東京・大阪等大都市の大空襲、広島・長崎の原爆投下、ポツダム宣言の受諾という未曾有の緊急事態にあって、12月8日には衆議院の解散が行われ、GHQとの関係で4月まで延びたが、政府は1月に総選挙を実施する予定だった。
というものでした。

今回は参考人質疑が行われたにもかかわらず委員の出席率がやや悪く(とは言っても衆院に比べればずいぶんましですが)、自民党はほぼ全時間にわたって1、2人が欠席しており、立民や公明、維新の委員も時折席を外していました。
傍聴者数は25人ほどでいつもと同程度でしたが、記者は1人しか姿を見せませんでした。

今国会の参院憲法審査会では緊急集会が4回、合区が2回テーマとされてきました。会期末が近づく中、衆院とは違って強引に議論を集約して何らかの結論を出そうなどという雰囲気は感じられませんが、警戒を怠ることなく、今後の展開を注視し続けていきたいと思います。(銀)