7月8日(日)、市東さん宅中庭の作業場で、昨年に続いて「樫の木まつり」が開かれました。一昨年10月の最高裁判決後、農地の強制収用を許さない!と必死の思いで切り開いた請求異議裁判(2016年11月)。その翌年の7月に、多くの人々に市東さんが生活している天神峰に来てほしいと第1回「樫の木まつり」が行われました。開拓100年の歴史を生きる庭の樫の木のように抵抗の根をひろげようというわけです。支援者など170名が駆けつけ、市東さん、萩原さんはじめ反対同盟と交流しました。
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まつりの前に、市東孝雄さんの南台の畑に(下図A)集合し、強制執行対象の畑の現地調査を行いました。
畑の向こう側がB滑走路です。この畑のために「へ」の字に曲げられた誘導路をジェット機がゆっくりと走行していきます。
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反対同盟の伊藤信晴さんが、市東さんの農地をめぐる裁判(請求異議裁判、耕作権裁判、やぐら裁判)の現状について説明してくれました。
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最高裁判決によって強制収容が策動されているのは、下図のAとBで、市東家3代100年にわたって耕作されてきた肥沃な農地と、産直の作業場・ハウスなど生活手段のすべてです。三里塚農地.tif
国と成田空港会社(NAA)は市東さんを追い出そうと、NAAが「地主」だと名乗り出て小作契約解除を主張し(2003年)、2006年に千葉県知事は「解約許可」してしまいました。
市東さんが不当だと訴えると、NAAは強制的に農地を取り上げるための裁判を起こしたのです(2007年)。裁判の中でNAAによる署名・文書の偽造などを明らかにしたのですが、裁判所は証拠・証人調べを行わず、NAAの言いなりの「農地明け渡し判決」を強行した(2016年)のです。本当にデタラメな裁判です。

NAAが地主?→「もともと、農地改革で解放されるべきだった農地で、小作人の承諾なしに売買できない農地です。NAAは1988年に私の畑を売買したと言いますが、父には秘密にして、農業委員会の許可も受けずに売買したのです。秘密売買は無効だし、NAAは地主を名乗る資格はありません。」(市東孝雄)

現地調査の後、上図のAからBに向かってデモ行進。
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すぐ頭上が第3誘導路です。空港の下をデモです。
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空港のトンネルをくぐるとそこに緑の樹々に囲まれた市東さんの家が現れます。
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引き続き市東さんの庭で「樫の木まつり」が始まりました(上図のB)。
反対同盟の音頭でカンパーイ!
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現地の人々が手作りの料理でもてなしてくれました。
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ホカホカのあまーい新じゃがです。
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あっという間になくなってしまった焼きそばの追加がつくられ始めました。
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よく冷えたスイカやトマトも。
何といっても好評だったのがかき氷でした!
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なんとも満足そうな顔。かな?
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全体は、参加団体・個人のリレーアピールが続きました。三里塚闘争は昔から「労農連帯」を掲げていますが、この日も動労千葉の田中委員長、関西生コンの西山直洋さん、動労水戸の木村書記長らから連帯発言がありました。もちろん、学生、農民、市民…も、たくさんの発言がありました。
また、趙博さんも駆けつけ、ミニライブ。セウォル号の歌など全体で唱和しました(写真下)。
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まつりの会場のすぐ近くを着陸したジェット機がひんぱんに移動していきます。
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請求異議裁判の結審策動が強まっている中での樫の木まつりだったので、この日は「7.17弁論での結審を許すな!」と訴えられていましたが、翌日の進行協議で9月27日にもう1期日設けることが決まりました。しかし、9月27日が最終弁論となるため、年内判決か?という緊迫した状況は変わりません。
署名の拡大で「強制執行を許すな」の声を広げましょう!署名提出は9月27日です。(S)

請求異議裁判・千葉地裁宛署名用紙は下記からダウンロードしてください。
https://www.sanrizuka-doumei.jp/home02/seiq_igi.pdf

請求異議裁判の傍聴に駆けつけましょう。
①7月17日(火)午後2時~弁論
   石原健二、内藤光博補佐人による陳述
 *正午~千葉市中央公園集合で集会・千葉地裁までデモあり
②9月27日(木)午後(開廷時間は17日に決定)
   弁護団の最終弁論と市東孝雄さんの最終陳述