4月20日(木)8時40分から、今国会3回目の衆議院憲法審査会が開催されました。今回のテーマは「国と地方の在り方(地方自治等)」で、4人の参考人から20分ずつ意見を聴取し、6会派の代表が15分ずつ質疑を行うという形式で進められました。

実は1週間前の13日に、同じテーマについてまずは自由討議が行われることになっていましたが、前日の衆議院厚生労働委員会における強行採決をめぐって与野党が対立した余波を受けて開催が見送られ27日に持ち越されたため、想定されていた審議の順序が逆転する形になりました。

これに関連して14日の『毎日新聞』は、「自民党が提案していた8項目の審議を会期末(6月18日)までに終えるのは難しくなり、改憲条項の絞り込みは秋の臨時国会以降に持ち越される見通しだ」と報じました。私たちにとって歓迎すべき事態であり、改憲案が具体化する前に安倍政権を退陣に追い込む(あるいは、改憲どころではない状況を作り出す)ための時間的余裕ができたことになります。

この日の委員の出席率はこれまでより低めで、参考人の意見聴取の間は40人以上がいましたが、質疑に入ってしばらくすると40人を割り込むようになりました(定数は50)。欠席者が目立ったのは自民党と民進党で、自民党では、19日に沖縄県うるま市長選の野党系候補の公約を「市民への詐欺行為にも等しい沖縄特有のいつもの戦術」という暴言をフェイスブックに投稿した古屋圭司氏、民進党では、10日発売の『中央公論』に改憲私案を発表し、13日に代表代行の辞表を提出した民進党の細野豪志氏などは姿を見せませんでした。

傍聴者も前回より少し減って30人弱、百万人署名運動の仲間は4名で傍聴してきました。報道陣はテレビカメラが2台(気が付くと1台だけになっていました)、大きなレンズを付けたスチールカメラを持ったカメラマンが5~6人(出たり入ったりして途中から誰もいなくなりました)、パソコンやメモ帳、小さなカメラやICレコーダーを持ち込んで取材している記者が12~13人ほどだったでしょうか。
yurusuna
今回も、まず翌21日の『朝日新聞デジタル』の記事を紹介します。

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「国と地方のあり方」衆院憲法審で議論 参考人4氏が意見

衆院憲法審査会は20日、「国と地方のあり方」をテーマに4人の参考人から意見を聞き、自治体のあり方や沖縄基地問題、国会に地域代表制を設ける是非などを議論した。

大津浩・明治大教授は「国民主権の地域的行使の場として地方自治を考えることが大事だ」と指摘。その実現のためには憲法改正も選択肢だとした。

これに対し、自民党の中谷元氏は「地域に主権があるとはおぞましいことだ」と主張。大津氏は「国民主権の中身をより豊かに広げる場合には発想は間違っていないのでは」と応じた。

佐々木信夫・中央大教授は「人口縮小時代に財政の効率性を考えると、道州制移行を本格的に検討すべき段階」と述べた。斎藤誠・東大大学院教授は多様な民意の反映や集約のため、地方議会が自治体の首長を選ぶ仕組みを提案。民進党の古本伸一郎氏は地方の意見を国政に反映させるため、「参院や、衆院比例枠に中核市の市長や議長が議席を持ってもいい」と語った。

小林武・沖縄大客員教授は沖縄の米軍基地問題をめぐり「民意を尊重し、基地建設断念が憲法のもとにある政府がなすべき選択だ」と指摘。大津氏は憲法95条の住民投票の規定を使い、スコットランドのような特別な制度と権限を沖縄に認める考えを披露した。

衆院憲法審査会の実質的な審議は約1カ月ぶり。参院の審査会は今国会が開会して一度も開かれておらず、自民党が当初描いていたスケジュールより遅れが出ている。(藤原慎一)
(4/20インターネット審議中継より)
0420憲法審査会
■20日の衆院憲法審査会での参考人の主な発言

<自民改憲草案は疑問 大津浩・明治大教授>
もはや国民の意思決定は国会に一元化できない。国民主権の地域的な行使の場として地方自治を考えることが大事だ。(国と自治体の対等性を保障するといった)立法権分有の趣旨を含む憲法92条の「地方自治の本旨」を、官僚や最高裁が認めないやむを得ない場合であれば、現在の憲法に本来あるものを明確化するための憲法改正はありうる。自民党改憲草案は、地方自治を住民に身近な自主行政に限定する意図が明確であり非常に疑問が残る。

<沖縄の問題、地方共通 小林武・沖縄大客員教授>
国と地方のあり方で、極端にゆがめられた姿を見るのは沖縄だ。地方自治の原則に照らせば、沖縄の民意を尊重して(米軍)基地建設を断念するのが、憲法のもとにある政府がなすべき当然の選択だ。特定の地域と住民に矛盾を押しつけるのは、原発事故で甚大な被害を被った福島に対する姿勢にも通底している。今なすべきは憲法に改定を加えることではなく、地方自治の充実だ。沖縄や福島の問題は、全ての地方の問題に共通する普遍性を持つ。

<首長、議会選出模索を 斎藤誠・東京大院教授>
国の立法権による過度の介入を防ぐため、地方自治法の「国と地方公共団体との適切な役割分担」の内容を憲法のレベルで規定する。現在、地域の課題に対応すべき自治体や、その連携のあり方では多様性が重要だと多く指摘されているのに、憲法上、議員と首長はそれぞれ直接公選(で選ばれる)という一律の組織体制が要請されている。多様な民意の反映と集約の視点から、首長を議会で選出する可能性も模索すべきではないか。

<人口減、道州制考えよ 佐々木信夫・中央大教授>
憲法上の条項の書き方について、地方の統治機構は国と別途規定する。「地方自治の本旨」を法律に委ねるのではなく明確に憲法に書いたらどうか。地方自治権、住民監視権などを明示したらどうか。現行憲法は国と地方の役割分担について何も書いていない。人口減少時代に財政の効率性から考えても、道州制移行を本格的に検討すべき段階ではないか。大都市や基礎自治体を基礎に置く新たな州の創造というイメージを作る必要がある。

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小林武参考人の痛烈な批判、中谷元氏のむなしい反論

この日のハイライトは、小林武参考人の「沖縄に対する国の姿勢の問題性」についての意見表明でした。以下、氏が提出されたレジメから、印象深い表現をいくつか引用したいと思います。なお、審査会での発言は、ほぼこのレジメの内容に沿って行われました。

「国と地方の関係のあり方について、その極端に歪められた姿を見るのは沖縄である。」

「地方自治の原則に照らすなら、この段階(引用者注:翁長武志氏が知事に当選したのを始めとして、名護市の市長選・市議選、衆院の4つの小選挙区選挙のすべてで新基地反対の候補者が圧勝した2014年)で、沖縄の民意を尊重して基地建設を断念するのが、憲法の下にある政府がなすべき選択であったはずである。」

「こうした民意を政府が一顧だにしようとしないことは、地方自治を蔑ろにするものであって、その下では、住民と自治体は、自らの運命を自ら選ぶことはできず、国民は自治を担う主権者として育つ機会を奪われる。つまりは、民主主義の死滅をもたらすものであるといわざるをえないのである。」

沖縄問題をめぐって、沖縄県に対して国がとっている姿勢には、法制度の運用の恣意性が際立っている。」

「2015年10月13日に知事が公有水面埋立て承認の取消しをおこなったのに対して、ただちに沖縄防衛局が行政不服審査法を持ち出して国土交通大臣に審査請求と執行停止を申し立てた……政府がここで用いた行政不服審査法は、本来、行政の違法な行為に対して『国民の権利利益の救済を図る』ことを目的とした法律である。それにもかかわらず、国は、あたかも国民(私人)に成りすましてこの制度を使っている。法の悪用ないし逆用といわなくてはならない。」

「今年3月25日、……知事はいずれ承認の撤回に踏み切ることを明言したが、これを受けて政府は、知事個人に対して損害賠償請求をすることもある旨表明した。……いわゆる『スラップ訴訟』が企図されているものと思われる。つまり、首長に、高額の賠償という懲罰を与えて、その住民の側に立つ抵抗言動を控えさせるという萎縮効果をあげることが目的とされているのである。しかし、国がこうした手法を採ることは、地方自治を機能不全に追い込むものであって、許されるものではない。」

「もうひとつは、政府の法解釈の恣意性である。新基地建設で岩礁破砕には知事の許可が必要とされる。……それにもかかわらず、沖縄防衛局は、前知事の出した許可が本年3月末で切れた後も、許可の更新をすることなく工事を続行している。その根拠は、先に名護漁協が漁業権を放棄する手続きをとったことで、漁業権は消滅したとするのが水産庁の見解だというにある。……同時に進行している那覇空港第2滑走路建設に伴う漁業権については、地元漁協が放棄の手続きをとっても岩礁破砕許可の更新は必要だとしており、あからさまな二重基準といわなければならず、法治国家において許容されるものではない。」

「こうして、沖縄については、とくに米軍基地問題をみるとき、政府のする、国・地方関係にかんする法制度の運用は、真っ当なものとは到底言うことができない。沖縄を、地理的にとどまらず、政治的・軍事的に『辺境』とみなした措置であるように思われる。特定の地域と住民に矛盾を押しつけ、苦悩を背負わせておきながら、恬として恥じないのである。そして、それは、2011年3月11日の原発事故で甚大な被害を被った福島に対する姿勢にも通底しており、問題は普遍的である。これは、立憲主義を掲げる近代国家の政府のとるべき態度ではない。国は、今こそ、憲法の原理と地方自治の原則にもとづいて自らを省みることが求められていると、明確に指摘しておきたい。」

これに対して、自民党を代表して質疑に立った中谷元氏は、1995年の県議会での県内移設決議や1999年の稲嶺知事、岸本名護市長による辺野古移設容認という過去の出来事を持ち出して「県民は一貫して反対している」わけではないと指摘したり、論拠を示すことなく行政不服審査請求は正当なものだ、損害賠償請求は地方自治体に圧力をかけるものではない、漁業権が消滅していれば岩礁破砕に知事の許可は必要ないと主張したりしましたが、自衛官出身で昨年8月まで防衛相を務め、安保法制=戦争法の成立に尽力した防衛族の有力者として「これだけは言っておかなければ」というアリバイ的な発言にすぎないと感じました。

また、上記の『朝日』の記事にあるように、別の文脈で「今、地方主権という言葉がある。地域に主権があるというのはおぞましいことであり、これはまずい表現ではないかと思う」と述べたのを聞いたときには、本当に驚きました(『朝日』の記者も仰天したのかもしれません)。しかし、よく考えてみれば、こういう認識に立たない限り、沖縄や福島に対して、今まさに行われているような酷薄な仕打ちは到底できないでしょう。つまり、安倍自公政権においてはこれが常識なのだということです。

さて、冒頭に記したように、「地方自治等」については自由討論と参考人質疑の順番が入れ替わったため、今後、改憲派が何らかの方向性、たとえば道州制の導入を打ち出してくるのかこないのか、現時点ではわかりません。27日の憲法審査会を心して待ちたいと思います。(G)