8月21日(日)午前3時40分、経産省役人、警官、公安、執行業者など約100名が経産省前テントを取り囲み、力づくでテントの泊番の者たちを追い出し、テントを撤去した。
民事執行法では休日の執行や午後7時から翌日の午前7時まで間の執行は禁止されているため、裁判所の特別許可をとって、日曜日の夜中に撤去したのである。テントの闘いを恐れて卑劣なやり方をとったのだ。
7月28日に最高裁がテント撤去を命じてから25日目だった。2011年9月11日に経産省前テントが設置されてから1807日目のことだった。
テント6
下は撤去前のテント。
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テントは、原発の巣窟である「霞が関」にはむかう現地闘争本部とも言うべき存在だった。経産省に文字通り隣接して365日、日常的に彼らと闘うという決意と思想の体現だったった。
21日未明に撤去されてから、午前6時過ぎには財務省前で抗議のシュプレヒコールをあげた。そして、権力がテント前の歩道から去ってすぐ、9時からいつものひろばで記者会見と抗議行動をおこなった。
亀屋
テント裁判で被告とされた淵上さんは、「いまここにテントはないが、脱原発の行動をやめるということはあり得ない。われわれは原発が人間の生存と相いれないということをこのテントで問い、かつ民主主義の根本を問うたからだ」と言った。
テント4
午後の2回の抗議集会では、福島から黒田節子さんと橋本あきさん、牛飼いの吉沢正巳さん(下写真)が、そして東京に避難している亀屋幸子さんがかけつけ、本当に悲痛な声で福島原発事故で失った生活と今日の悲惨を訴えた。また、この5年間のテントひろばの意義を話した。
テント3
翌22日、嵐の中、午前10時にテントひろばに人が立ち、継続した行動が始まった。福島を絶対忘れないで原発廃炉まで闘っていく闘いが原点に立ち返って始まった。(N)
2-森さん