7月21日、午後1時30分から、テント明け渡し請求の第二回控訴審裁判が開かれた。
この日はいつもと同じように、12時30分から15分間、裁判所前で抗議集会を行った。その日の証人尋問にたつ淵上さんと正清さんの挨拶と川内原発再稼働反対を闘う現地からの訴えがされた。
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午後1時の傍聴締め切りには約140名が並んだ。
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裁判の内容
まず、佐藤さんが証人尋問にたった。
佐藤さんは独立当事者(特別控訴人)の一人。国・経産省は淵上さんと正清さんを訴える前哨戦としてテント撤去の仮処分申請していて、3月14日早朝に執行官を連れてテントにやってきたとき、テントの泊番で対応した人です。
佐藤さんはその時の状況について、国・経産省側はその時すでに、正清さんと淵上さんを「テント代表」と特定した公示書を示してきて、「正清さん、淵上さんはいるか」など言ってきて、勝手に第2テントまで入ったことなどを証言した。そして、佐藤さんは、正清さん、淵上さんは通常の組織でいう「代表者・責任者」であるわけではなく、また、占有者であるわけでもないことを言って、執行官がつくった「公示書」と調書のズサンさを明らかにした。
正清さんの証言
正清さんは、3.11以後みずから運転して、福島に物資を届けることをやっていたこと、福島の惨状を述べた後、経産省の公共空間にテントを立てるとき「9条改憲阻止の会」の一員として加わっていて、「国有地使用許可申請書」を経産省に出す際「9条改憲阻止の会・共同代表」としたが、会は共同代表を決めるような組織ではなく、申請に当たって形式的に書いたにすぎないことを明らかにした。
また、正清、淵上への賠償支払いの請求、その算出のしかたはデタラメであることも言った。そして、2011年9月11日に立てたテントは反原発闘争の窓口になって、福島の女たちの闘い、全国の女たちの闘いの拠点となり、全世界から、日本の原発はどうなっているのか、反原発の闘いを知りたいという人やメディアが訪ねてくる場所になった。自分は率先して、そういう人たちへの対応や、国会議員や日本のメディアとのパイプ役になった、と述べた。正清さんの誠実な人柄がにじみ出る証言だった。
国側からの反対尋問は、<正清はテントの代表で責任者>であることを明らかにしたいというものであったが、枝葉末節な質問で、傍聴人たちの失笑を買った。
淵上さんの証言
淵上さんは「淵上太郎の陳述書」を提出していた。陳述書では下記の内容を述べていた。
1.なぜ、脱原発か。テント設置にいたる経緯
2.経産省前テントひろばの設置とその活動
3.本件土地部分の専有者とその損害の不存在(国の主張への反論)
弁護側尋問に対して、淵上さんは、基本的に原発を人間が制御することはできない、政府・東電の無責任性の追求、福島とともにあると言うことの意味とたたかいについて述べた。
経産省側の反対尋問は、正清さんへの尋問と同じで、「淵上はテント村長などと言われテントの責任者ではないのか。責任者として国有地を占有していることを認めよ」というものであった。淵上さんは「テントに責任を持つが、会社組織のような責任者ではないし、テントとして議決して決めたわけではない」という趣旨のことを述べた。
また、淵上さんに「テントがTシャツをつくって運営費に当てているというが、運営会議で決めたのか」などと尋問したので、淵上さんは「Tシャツは供託金を支払うためにプロジェクトを立ち上げてやったものだ」と言った。
淵上さんは最後に力強く怒りを込めて、テントという抵抗形態の正当性を述べた。第二次砂川闘争で立川市の所有地に10張くらいのテントを立てたとき、市当局が土地の使用許可を出しこれを認めて闘争の根拠地にすることができたこと、あるいは、福岡市の九州電力本社前のテントは、朝立てて夜たたむと言うことを九電にも市にも認めさせた闘いをしていること、こうしたことからすれば、国有地という「ポケットパーク」にテントを立てることはなんら問題はない。個人が占有するとかいう問題ではない。福島原発の被害の巨大さから、憲法に基づく生きる権利の主張として当然だと言った。そして、福島の問題が何ら解決しないのに原発再稼動をやろうとしていることは許せないと言った。証言が終わったとき、傍聴席から自然な形で拍手が起こった。
裁判長は次回は9月18日(金)で、最終弁論になることを告げた。

報告集会
法廷が終了したのち、参議院議員会館講堂で100名くらいで報告集会を開いた。
報告集会では、佐藤、正清、淵上さんがその日の陳述について補足をした。大口弁護士らが裁判の意義とこれからの闘いについて述べた。
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その他、8月10日の川内原発再稼働阻止のたたかいへの結集が遠嶋春日児さん(川内原発建設反対協議会)から呼びかけられ、また、福島でのデタラメな放射能ゴミ焼却について、和田史子さん(放射能ゴミ焼却炉を考えるふくしま連絡会)が報告した。
内容の濃い報告集会だった。(T)
(追加)
6月19日に開かれた控訴審第一回口頭弁論の内容

第一回目の証人尋問には、特別控訴人の亀屋幸子さん(福島県双葉町からの避難者)と黒田節子さん(郡山市在住・福島の女たち)が立ち、それぞれ、弁護側尋問70分、経産省側反対尋問10分のが行われた。
亀屋さんも黒田さんも福島原発事故のすさまじさ、その後何一つ問題が解決されていないこと、国も東電も責任を取ろうともしていないこと、子どもたちの甲状腺がんが増えていること、福島がいまも悲惨な中にあること等々について明らかにした。国・経産省側の反対尋問は、<淵上さんと正清さんがテントの責任者で、2人には国有地にテントを立てた責任と賠償の責任がある>と言わせたいものであった。しかし、その質問は余りにも薄っぺらで、傍聴者の失笑を買うものであった。