とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

2017年07月

今年の5月3日憲法記念日に、恒例の最高裁長官の記者会見がありました。その中で寺田逸郎長官は8年目を迎える裁判員制度への評価を問われ、「大きな破たんはない」と答えたそうです。

高山俊吉弁護士(「裁判員制度はいらない大運動」呼びかけ人)のインターネットラジオ「気分は青信号」の7月5日付で、この発言をとりあげていましたので紹介します。

→ http://www.takayama-law.com/mp3/569.mp3
(憲法記念日 寺田最高裁長官の記者会見を斬る 10分)


裁判員の辞退者、裁判員裁判への欠席者が毎年増えている現実や、公判前整理手続き期間の長期化で、裁判員裁判はすでに大破綻していると言えます。

裁判員

高山弁護士は、この状況を黙っているマスコミを批判し、また、無理な制度の貫徹は「裁判が裁判でなくなる」と警鐘乱打しています。

1人の拒否をみんなの拒否に、みんなの拒否で制度の廃止を!


高山弁護士の「気分は青信号」バックナンバーは下記にあります。

http://www.takayama-law.com/radio.html




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真夏日の7月9日(日)、三里塚(千葉県成田市、成田空港周辺)で、三里塚反対同盟主催の現地闘争と「樫の木祭り」が行われました。裁判で争われている市東さんの畑に集まり、市東さんの家までデモ行進しました(k)
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畑の集会で発言する動労千葉の田中委員長。

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みんなで封鎖された「団結街道」を見学。
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この向こう側は市東さんの家だ。
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三里塚のプチトマト。甘くて子ども大好き。
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市東さんの家の前にはバス停もある。
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最近、子猫が三匹生まれた。
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三者三様の容姿。
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市東さんの庭には大きな樫の木があり、その下で交流集会。奥にあるのは「決戦本部」。
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韓国の済州島で第二空港建設に反対する市民が参加していた。
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各テーブルには食べ物や飲み物がいっぱい。
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鉄板で焼きそば。市東さんもおいしそうに食べていた。
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反対同盟の歌を同盟が歌う。
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市東さんのまとめのあいさつ。


6月30日(金)、東京地方裁判所104号法廷で、「福島原発事故強制起訴裁判」が行われた。

この刑事裁判は福島原発事故告訴団が、東電役員や政府関係者を告訴・告発して、事故責任をはっきりさせる裁判で、検察による二度の不起訴処分を不服として「市民による検察審査会」に訴えた結果、やっと東電会長ら3人の「起訴相当」審判を勝ち取り、この日の公判にこぎつけたのである。

午前10時からの公判開始に対して、傍聴抽選券の配布は7時30分から8時20分とされた。傍聴者は朝早くから並び、8時20分には700余名になった。傍聴券はリストバンドだった。傍聴券はマスコミ関係に約半分が渡され、残りが一般傍聴者だった。

当日の朝4時に福島市を出発した原告団のバスは9時頃、裁判所前でのアピール行動のさなかに到着し、原発告訴団、原告たちがアピールのマイクをとった。
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佐藤和良刑事訴訟支援団団長は「とうとうこの日を迎えました。2011年3.11の責任を問い、事故の真相を究明するため、多くの無念の声がこの東京地裁を包囲しています。」と言い、東電の責任を問う初めての刑事裁判は、1万4000余人告訴人、市民の力で勝ち取った裁判であるという意義を訴えた。また、最後に「被告人3人は高齢で、3人が生きて罪と責任のありかを明らかにしてほしい。被爆の責任が問われなければならない」と言われた。

続いて、原告弁護団の海渡雄一弁護士がこの日の裁判の進行のあらましを話した。その後、到着した福島からの原告らが決意を述べ、原告・弁護士たちは法廷に向かった。

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公判では、まず、検察役(指定弁護士)による起訴状朗読が行われ、被告3人(勝俣恒久、武黒一郎、武藤栄)の罪状認否が行われた。3人は「津波の予見は不可能で無実・無罪」を主張した。

裁判の争点は、(1)東電が2008年3月に、最大15.7mの津波が原発を襲うと計算していた。事故の危険性は予見できたか。(2)安全対策をしていれば事故は防げたか、に絞られている。

その後、原告検察役側の冒頭陳述が約2時間行われ、東電弁護側の陳述が75分間行われた。検察役は津波は予見できたとことを証拠づける東電の会議録、御前会議(役員会議の呼称)の議事録、津波担当者のメール等を提示した。238点にも及ぶ証拠の説明は圧巻であったという。

これら証拠として提示されたものは、実は最初に原告が告訴・告発して、それについて検察が「不起訴」を決定するときに集めた証拠資料だそうだ。つまり、その同じ資料を読み込み、詳細な「犯罪の証拠」にしたということです。被告側は45点の証拠を提出した。午後5時近くに第1回公判は終了した。

* * * * *

抽選にはずれた人たちは、参議院議員会館講堂で、午前はリレートーク、午後は東電テレビ会議(Our PlanetTV)の放映された。昼休みに、海渡弁護士、甫弁護士が来て、裁判の中間報告をされた。

午後5時過ぎから、同じ場所で、記者会見を兼ねて報告集会が行われた。
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最初に佐藤和良刑事訴訟支援団団長が裁判の様子を話された。「素晴らしい公判だった。想像以上の証拠だった。勝利まで闘おう」と言われた。
そのあと、裁判傍聴者の人見さん、蛇石さんが話された。

次に海渡弁護士から裁判内容の説明があった。海渡さんは「一言で言うと、検察審査会の検察側が出した証拠は精査されたもので、勝負がついたという内容だった。とりわけメールは分量といい、内容と言いすごかった」と言われ、そのあと、具体的に説明されたが、聞いているだけではわからなかった。質疑も含めて、後日、分析されたものが出されると思う。

続いて、弁護士の安田さんが裁判に対する思い、所見等を発言された。
(原告傍聴者と弁護士ら)
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そのあと、海渡弁護士に対する質疑が行われた。集会は記者会見も兼ねていたので、質問者は報道関係者に限られた。この質疑も専門的な内容なので、理解は難しかった。

最後に、告訴団団長の武藤類子さんがまとめをを行い、7時近くに終わった。

長い一日が終わった。福島県から上京して来られた方たちはすぐに7時過ぎのバスで帰られた。裁判はこれから何年か続くだろうとのこと。裁判勝利ために闘おう。

次回公判は決まらなかった。膨大な証拠資料は夏休みをはさんで読み込み、そのあと、日程を決めることにしたそうだ。(T)

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