とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

2016年09月

「経産省前テントひろば」は、今年8月21日に不当に撤去されてしまった。2011年9月11日にテントが設立されて丸5年を迎える2週間前の深夜だった。
しかし、9.11怒りのフェスティバルは、テントそのものはなくなってしまったが、テントひろばの賑わいはそのまま、意気軒高と「原発がなくなるまで闘い続ける」覚悟を確認できる行動となった。

脱原発9.11行動は、ざっと以下のようなプログラムで行われた。
15:00 経産省前で、浦邉力さん司会で開始。浦邉力さん、ジョニーHさん、橋本美香さん(制服向上委員会)などの歌・音楽演奏。
16:45 懐かしい「かんしょ踊り」
 同時に、日比谷公園から、希望の牧場(吉沢さん)のオブジェのベコ(牛)を担いで(牛神輿)デモに出発。経産省前で合流し、さらに日比谷公園まで。怒りのベコは雄たけびを上げていた。
17:30 スピーチ開始 司会は乱気流さん
 淵上太郎さん(テント裁判被告)、 武藤類子さんと黒田節子さん(福島の女たち)、川端清明さん(川内原発反対)、八木健彦さん(伊方原発反対)、大城悟さん(沖縄平和運動センター)、正清太一さん(テント裁判被告)、亀屋幸子さん(避難者)、齋藤美智子さん(反原発活動家)、柳田真さん(たんぽぽ舎)、早川由美子さん(映画監督)など。
18:45 経産省包囲ヒューマンチェーンを2回。
19:10 終了

「怒りのフェスティバル」とは別に、いつものように午後から経産省前テントひろばの座り込みは行われていた。15時フェスティバル開始とともに、座り込みをやっていた場所は野外カフェに早変わり。生姜ジュースや三種類のふかし芋(ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ)、そしてスイカが用意されて、参加者に振るまわれた。
この日は同時刻に新宿のアルタ前で、沖縄・高江の工事強行と弾圧に抗議する集会・デモが開かれていたが、その新宿デモが終わった頃から人が増えだした。
「たくさん人が集まったね」、「久しぶりの人に会った」、「参加した人たちはみんな知り合いの感じだね」、「5年間はたいしたものだったよ」、「飲物や食べ物の振るまいはたいしたものだ」といった感想がもれ聞こえた。(T)
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Image2かんしょ島
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解散地点
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Image2裏
鎖

三里塚芝山連合空港反対同盟が呼びかけている最高裁への緊急5万人署名の提出行動が9月7日にあり、駆けつけました。今年3回目の提出行動です。あまり取り組めてなくて申し訳ない思いでしたが、今回提出署名は2347筆で、3回分で合計2万539筆となったということでした。
反対同盟の萩原富夫さんは、「3つ目の滑走路を造るために豊かな農地を奪う攻撃を許すことはできない。安倍政権は沖縄でも福島でも命をないがしろにする政治をやっている。市東さんの家の周辺を右翼の車が嫌がらせで回っている。こうしたことを許さず、体を張って人生をかけて闘っていく。」と決意を語りました。
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昨年6月、東京高裁が市東孝雄さんの農地明け渡しを命じた「農民殺し」判決を強行しました。市東さんと反対同盟は直ちに上告し、何としても最高裁で覆そうと、新たに、農地の「強制収用」を許さない最高裁・緊急5万人署名運動を開始しました。
そして、農業といくつもの裁判闘争の側ら、毎月周辺地域を回り署名を訴え、また沖縄をはじめ全国の闘う人々に支援を訴えて回っています。
この日も呼びかけに応えて多くの支援が駆けつけました。
午後1時30分、反対同盟を先頭に星陵会館前から最高裁へ向けてデモに出発です。
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目の前の大きな建物が最高裁です。
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最高裁前で抗議集会。
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沖縄、福島、群馬、岡山、関西などから、また、動労千葉や動労水戸の労働者や学生など約120人が参加し、リレーアピールしました。
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反対側の歩道には、マスクをした公安刑事がズラリと並び、不当な監視・弾圧体制を敷いていました。許せません!
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最高裁の中に入る署名提出・申し入れ団を激励。
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提出行動が終わった後、市東孝雄さんは、「国策であれば何をしてもいいというやり方を認めることはできない。署名がすべてとは思わないが、多くの署名を集めてデタラメな判決を許さないと叩きつけていきたい」と語りました。また、反対同盟から「10月9日に三里塚現地で開かれる全国集会へ多くの参加を」と訴えられました。
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署名用紙は下記からダウンロードできます。ぜひ皆さんご協力をお願いします。(S)

●最高裁・緊急5万人署名
http://www.sanrizuka-doumei.jp/home02/saikousaishomei.html





徳島からの報告です。
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9月4日に、星野さんをかえせ!徳島刑務所包囲デモをやり抜きました。百万人署名運動のみなさん、ご協力、ありがとうございました。
台風の近づく風雨の中、全国34の星野救援会、とくに新しく結成された岐阜、静岡、室蘭の救援会も参加してくださいました。また、奈良でも結成に向けた準備が進められています。地元・徳島からもたくさんの参加で支えていただきました。
430名で星野奪還!徳島刑務所包囲デモを行い、星野さんをはじめ、世界の獄中同志との団結をますます太くできました(韓国でもハンサンギュン民主労総委員長がゼネスト指導をもって投獄されている)。
3-包囲デモ⑤
前日の3日には、徳島市のあわぎんホールで星野救援会・全国総会をひらき、終了後、会場から徳島駅までデモをやりました。「沖縄をかえせ!星野さんをかえせ!」と140名が参加しました。
2-2016年9月3日総会
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翌日(9/4)の徳島新聞朝刊・社会短信に記事が掲載されました。
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今回は4回目の徳島刑務所包囲デモです。今までを乗り越える新しい地平は、青年労働者が先頭に立っていること、国際的に運動が拡大していることです。また、沖縄ゼネストと「渋谷暴動」をあらためてとらえ返したことなどがあります。

9月5日には、集団差し入れ&面会行動が闘われました。
ご家族と弁護団が面会しました。星野文昭さんから、「デモで、呼びかけられた声は、しっかり届いていた・・・」とのことです。
日韓労働者共同行動(11月6日東京、11月12日ソウル)まで、あと2か月。獄中の星野さんとともに国際連帯闘争の第一歩を踏み出した思いです。(徳島県連絡会 S)

9月3日(土)、「キリスト者遺族の会」が主催した、国会とそのすぐ隣にある皇居周辺を歩きながら戦争と平和について考える企画があり参加しました。ガイドは西川重則さん(キリスト者遺族の会代表)。日差しが強い中、歩いて見て回るのはけっこう厳しかったのですが、先頭に立つ高齢の西川さんを追いかけながら(!)の見学でした。

午前9時50分、国会正門前に集合。国会の歴史、天皇制を見て歩き、アジアの視点に立って歴史を考えようと西川さんのリードで出発です。
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まず、国会正門前の公園の中にある憲政記念館へ。ここは議会開設80年を記念して1970年に設立されたものです。このあたりには、江戸時代初めに加藤清正が建てた屋敷があり、のちに大老・井伊直弼も居住していたとのこと。そして、明治時代にはそこに参謀本部・陸軍省が置かれていたそうです。
憲政記念館の中庭の池には、尾崎行雄の銅像が立っていました。石碑には、95歳の人生の中63年余衆議院議員として活動し日本の議会政治の父と仰がれていると書かれていました。
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また、中の展示コーナーにも、1919年3月に上野公園で尾崎行雄が普通選挙の実施を訴えて演説している写真もありました。
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その隣に、翌年の5月、同じ上野公園で日本で初めてのメーデーが闘われた写真がありました。「大日本電気労働組合」と書かれているのではないかと思われるノボリ旗が見えます。
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右下の解説には、「1920年(大正9)5月2日、わが国で初めてのメーデーが上野公園で行われた。大日本労働総同盟友愛会をはじめ15組合と社会主義団体など5千人余が結集し、『治安警察法第17条の撤廃・失業防止・最低賃金制の設定』を決議した。」とありました。
100年近くも前とは思えない、まるで、いまと同じではないか!!とびっくりしました。

この後、皇居へ。
1860年3月3日、江戸城に入ろうとした大老・井伊直弼の一行が、水戸・薩摩の浪士に襲われた(桜田門外の変)という桜田門の前で、「ここです」と西川さんが説明。
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「大昔」を思いながら、桜田門を通過です。観光客やマラソン選手も通過していきます。
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門をくぐって中に入ったかに思いきや、目の前に車がたくさん通っていて(内堀通り)、門をくぐって外に出た感じでした。ここは皇居外苑でした。
一帯は玉砂利が敷かれ広場になっているのですが、西川さんは、「ここが敗戦直後、天皇陛下に申し訳ないと国民が泣き伏していたところ。キリスト教団体も例外ではなく戦争に協力してしまったにがい歴史がある」と話されました。
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内堀通りの反対側には、有名な「二重橋」があり、観光客の撮影スポットとなっていました。
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この橋の上の左側に門があるのですが、そこは厳重に閉じられていました(下の写真)。自由に見学できるのはここまでです。西川さんの説明では、この門の中に入るには、申請書を書き許可される必要があるとのことでした。
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閉じられた高い門前の左右に門番が立っていました(白っぽい入れ物の中に1人ずつ入っている)。そして、橋の手前の門も閉められていて、そこにも門番がいました。さらに、その手前に国会周辺でよく見かける鉄柵が二重に置いてありました。この門の中の、さらに奥の方に天皇が住んでいるわけです。昔もいまも変わらない存在を見た思いでした。

また、さらに進むと、大手門というのがあり、ここから中へ。
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この中は、いわゆる江戸城跡というところです。
下は百人番所跡です。説明に、甲賀組、伊賀組などが交代で100人ずつ配置されていたと書いてあり、忍者が門番をしていたんだ!と意外に思いました。
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石垣がいろいろ。
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ここが、江戸城本丸の石垣です(下写真)。
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石垣の上で、西川さんのお話しを聞く。
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このあと、平川門から出て昭和館へ。
途中、九段会館前で西川さんが説明。「ここは1936年の2.26事件で、戒厳司令部が置かれたところです。」
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その隣が、昭和館です。
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西川さんは入る前に、「戦没者追悼の唯一の国立の施設としてつくられたのですが、ここにはアジアへの侵略加害の視点が全くありません。」と言われました。(S)
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詳しくは、西川重則著『「昭和館」ものがたり』(いのちとことば社、950円+税、1999年6月発行)参照。(百万人署名運動でも取り扱っています)


沖縄からの報告です。
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沖縄防衛局はN1地区(ヘリパッド建設予定地)に続き、G・H地区についても工事用道路の着工を予定していることが明らかになった。(下図参照)

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すでにN1地区は県道(70号線)沿いのN1ゲート側から工事用道路の造成工事が開始されているが、ヘリパッド予定地は山中にあり、まだ本格着工には至っていない。焦る防衛局は、なんと工事のために自衛隊のヘリの導入まで検討しているというのだ(8月28日付地元紙)。

現在N1地区の裏側(上図のN1裏)では、住民と支援者がテントを張って24時間体制で警戒している。ここは米軍への提供外地域で、村のあぜ道、農道だ。ところが、8月25日、防衛局は工事につながるこの農道を3メートルほどの厚い壁と有刺鉄線で封鎖し、住民が通れないようにしてしまった。これは何の法的根拠もない。
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工事が遅れているために防衛局は追い込まれているのだ。
高江に注目し連帯の闘いを広げよう。(百万人署名運動・沖縄の会 K)

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