とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

2012年10月

10月13日(土)午後、東京・日比谷野外音楽堂で「10.13さようなら原発集会」が開かれました。涼しい日が続く中、この日はとても強い陽射しで汗ばむくらいで、1時30分にオープニングコンサートが始まるころには会場はいっぱいになっていました。
シンガーのYaeさんは加藤登紀子さんの娘さんとのこと、やさしく伸びやかなすてきな歌声でした。

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主催者挨拶に立った鎌田慧さんは「今日の集会で、原発をつぶすという決意を新たにしよう」と呼びかけました。
福島出身の高橋哲哉さんは、福島の子どもたちに避難の権利を!と訴え、「人の命や尊厳よりも経済を優先するあり方を変えるべき、その第一歩が原発の廃止だ」と訴えました。
大江健三郎さんは、原発をなくすると言いながら内閣の決議すらしない、憲法改正、核武装、原発継続の動きなど、世論に対する根本的な侮辱だ!と野田政権を弾劾。魯迅の小説からの言葉を引用し、「地上に道がなくても、みんなが歩き、歩く人が増えれば、そこに道ができる。そこに希望がある」と言い、「(悪政に対抗し)自分たちの希望をつくっていくために、しっかり歩きましょう!」と呼びかけました。

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福島から、森園かずえさん(子ども福島ネット)が、福島原発告訴団・関東、ふくしま集団疎開裁判の会の人たちと共に登壇してアピール。昆虫たちの鳴き声も弱々しくなっていると目に見えない放射能への恐怖、そうした中で「復興キャンペーン」で子どもたちに被曝を強制している現状への憤り、「福一は収束していない」中で被曝労働の下にある労働者への思いなど、切々と訴えられました。この福島の怒りを共有し、共に闘っていきましょう。

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      福島隊のノボリも。

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また、青森から大間原発建設中止を求めて闘う小笠原厚子さんも参加されアピール。10月1日からの建設工事再開に「政府も会社も責任のがれで、ウソつき」「事故が起きたら、全国民が被害者になる。あきらめないでがんばろう」と訴えました。
厚子さんのお母さんである故・熊谷あさこさんは、どんなにお金を積まれても危険な大間原発建設には絶対反対!を貫いた方です。14回も工事をとめて建設させず、結果、電力会社は炉心の位置を移動させ再設計せざるを得なかったそうです。あさこさんが敷地内に建てたログハウス「あさこハウス」を厚子さんが守り抜いています。

会場内はぎっしり、周辺も移動が大変なくらい人でいっぱいでした。集会参加者は6500人と発表されました。

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集会後、銀座へ向けてデモに出発。
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なんと、東電前でインコさんがパフォーマンスをしてました!
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キリストも十字架を背負って歩いている!
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10月10日夕方、8・6広島-8・9長崎反戦反核闘争全国統一実行委の呼びかけで、銀座6丁目にある電源開発(Jパワー)本社への抗議行動がありました。緊急な呼びかけでしたがかけつけた約40名ほどで、青森現地行動と連帯して、大間原発の建設再開弾劾!ただちに中止せよとJパワーに抗議申入れを行いました。

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まず建物の前に来て、その大きさにびっくりです。見上げると10数階ありました。入り口に大きく「電源開発株式会社」とあるので、これが全部会社の建物なのでしょう。よほど儲けてきたんだ!と怒りが湧いてきます。

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電源開発(株)は、1952年に国の特殊会社として設立されたのですが、8年前に民営化され、全国に水力・火力合わせて60ヶ所以上の発電所を持っているそうです。その会社が初めて原発を持とうと建設しているのが青森県の大間原発なのです。しかも、ふつうの原発でフルMOX燃料(プルトニウムとウランとの混合)を使うというもので、こういうものは世界でも例がないそうです。

3.11の大地震以降、大間原発の工事は中断されていたのですが、10月1日に電源開発(株)は「工事を再開」を強行。社長が地元住民に説明に来たその日にブルドーザーが動き出すというとんでもないことでした。原発の新設はしないと言っていた政府もこれを容認したのです。
福島第一原発の大事故は1年半たった今でも全く収束のメドもなく、子どもたちへの深刻な被曝強制が続けられているというのに、なぜ新たに原発をつくるのか!?なんとしても止めなければなりません。
青森からも仲間がかけつけ、10.1早朝の大間町役場前での抗議行動を報告してくれました。

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申入れには広報課の職員が対応、全体で抗議したいということで外での申入れとなりました。3団体から申入れ書が読み上げられ、北村社長に渡すよう手渡しました。(S)

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●今後の大間現地行動

①大間原発建設工事再開抗議!10・21大間現地デモ

とき◆10月21日(日)
   11:10 大間町フェリー埠頭集合
   11:30 デモ出発。フェリー埠頭入り口から大間町役場まで。
主催◆大間原発反対現地集会実行委員会
   呼びかけ:核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会(http://hankakunen.exblog.jp/)、ストップ大間原発道南の会
         PEACE LAND(http://peaceland.jp/)
共催◆大間原発に反対する会、大間原発訴訟の会
協賛◆バイバイ大間原発はこだてウォーク


②建設工事の即時中止を!11・11大間原発反対現地集会

とき◆11月11日(日)
   11:40~集会、集会後12:30~大間町内デモ
ところ◆大間町、大間原発に反対する地主の会・所有地(「大間原発敷地」隣接・一坪共有地)
主催◆大間原発反対現地集会実行委員会
   呼びかけ:核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会(http://hankakunen.exblog.jp/)、ストップ大間原発道南の会          PEACE LAND(http://peaceland.jp/)
共催◆大間原発に反対する会、大間原発訴訟の会
協賛(10/12現在)◆バイバイ大間原発はこだてウォーク
(集会・デモ成功にむけ準備など共に活動いただける協賛団体を募集しております。)
賛同のお願い
   個人一口1000円 団体一口3000円
   口座番号 郵便振替 02260-9-125655
   口座名  大間原発反対
  ※公表の可否を通信欄またはメールでお知らせください。
連絡先:大間原発反対現地集会実行委員会事務局(事務局長:中道雅史)
 青森中央郵便局私書箱17号『在』・あおもり気付 
tel:080-6041-5089、mail:hankakunen@gmail.com









10月7日の日曜日、三里塚芝山連合空港反対同盟が呼びかけた成田現地集会に参加しました。京成「成田」駅から一日に3~4本しかないコミュニティバスに乗って行きました。バスは15分ほどで空港建設予定地内・天神峰で唯一居住し営農を続ける市東孝雄さん宅前を通ります。
こんもりとした木々に囲まれて市東さん宅があります。

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成田空港建設は「国策」として暴力的に強行されました。政府は、反対する農民の農地を土地収用法で国家暴力をフル動員して奪い、農民の生活と営農を破壊したのです。しかし、三里塚芝山連合空港反対同盟は健在で、現在なおこの不当な空港建設、農民殺し政策に反対し闘い続けています。
反対同盟の原則は「農地死守・実力闘争・いっさいの話し合い拒否」ですが、孝雄さんのお父さん(東市さん)はこれを貫いた方でした。東市さんの遺志を引き継いで孝雄さんが、いま天神峰に住み農業を続けています。この孝雄さんの生きる権利を国は奪うことはできません。
空港建設に関わる土地収用法の収用期限はもうとっくに切れています。しかし、国・成田空港会社は市東さんを追い出そうと、あの手この手と卑劣なやり方で襲いかかってきており、ついには第3誘導路なるものを建設して、市東さん宅を空港の中に強制的に取り込んでしまおうとしています。許せません。

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「天神峰」の次のバス停「東峰」で降りて、歩いて集会会場へ。バス停から会場までは5分くらいでした。会場は反対同盟農民の畑です。そこに現地の人たちが「仮設トイレ」も作ってくれていて助かります。
集会の途中、ひっきりなしに上空を大きなジェット機が飛び、その騒音で発言者の声が聞こえなくなります。こうした騒音下で生活する市東さんは本当に大変なことです。

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この日、市東孝雄さんは怒りをあらわにしていました。
「毎日重機が動いているが、工事の認可のとり方は法律的にデタラメ。裁判所もグルで、はらわたが煮えくり返ることが一日中行われている。私は祖先からの土地を守り営農していく。こうした自分に何の不当性があるのか!」と。そして、「沖縄、反原発の闘いと連なって多くの人々の力で軍事空港をとめたい。その日まで私は闘う」と不屈の決意を述べられました。

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集会で開会挨拶をされた森田恒一さんは96歳。そして、主催者挨拶に立った北原鉱治事務局長も90歳です。御2人の力強い声と戦闘精神にはただただ感服でした。北原さんは(写真下)47年の三里塚闘争を振り返り、改めて、「みんな、生きる人間として貴重な存在だ。自分の人生を自分でつくろう」「声あるものは声をもって、勇気あるものは勇気をもって、闘っていこう」と呼びかけました。そして、「空港敷地内にまだ100ヶ所以上の闘う土地を持っている。1万年でも続くぞ」と三里塚闘争の展望を語りました。

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10月1日~5日まで、構内検修外注化反対のストライキを闘いぬいた動労千葉を代表して田中委員長から特別報告がありました。動労千葉はこの1ヶ月間、断続的な指名ストなど組合員の総決起で闘ってきました。本当に感動的な力強い歴史的な闘いでしたが、既成労働団体はこれを無視しマスコミも全く報じませんでした。
ところが、海を越えた韓国でこの動労千葉の闘いを支持する連帯行動が闘われたのです。民主労総ソウル本部が日本大使館前で支持の記者会見、連日の「一人デモ」に立つなど、動労千葉の労働者に激励のエールを!「労働者に国境はない」ということが熱く感じられました。
発言に立った田中委員長は「国鉄分割民営化以降、労働者が非正規に突き落とされ、生活も家族もめちゃくちゃにされてきた。新自由主義的な政策によるものだ。しかし、ほとんどの労働組合が、これを容認し、手先となってきた。本当にくやしい。労働組合はこれをあいまいにしてはいけないんだ。自らの職場で民営化・外注化と真正面から闘おう。労働者は闘う力を持っている。そして無数の職場で闘えば粉砕できる」と訴えました。

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集会では、沖縄から、福島から、全国各地からの報告や決意表明がありました。
福島から参加された椎名千恵子さんは、子どもたちへの被曝を強制する復興キャンペーンへの怒りと生命への思いを語りました。「三里塚では命をはぐくむ大地が奪われ、沖縄では空が奪われ、福島では小さな生命が奪われようとしている」と。また渡辺馨さんは、山下俊一らの安全デマ・子どもをモルモットにしている福島の医療実態を弾劾し、生き抜くための診療所が必要と、協力を訴えました。
また、「全国農民会議」からの農民アピールもありました。

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さあデモに出発です。デモは、会場を出て東峰地区を回り、市東さん宅前を通って市東さんの畑まで、約50分くらいのコースです。

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東峰地区に入るとすぐ、直近をジェット機が通過していきました。ここにもまだ生活している人たちがいるのです!

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このトンネルも、上は滑走路か?先のほうのトンネルの上にゆっくり移動するジェット機が見えます。

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デモの解散地点です。市東さんの畑のすぐ向こうをジェット機が移動していました。
「命よりも金」という資本主義社会の本性、暴力性を体現する警察権力・資本・裁判所・行政と今も真っ向から闘いぬいている三里塚現地。行く度に地形は変わっていくけれど、不屈の闘魂は全く変わらず、いつも元気をもらいます。

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帰りは、バスに間に合うようにと急いでバス停へ向かいました。今度は「市内循環バス」で成田駅へ。これはいろんなホテルを巡っていくものでした。また来たときに乗った「コミュニティバス」もバス停は別でしたが、ちょうどよい時刻のものがありました。でもこれに乗り遅れると次は3時間後ですから、ドキドキものです。でもその時はその時で、何とかなるでしょう。
次の現地集会は3月24日(日)と呼びかけられました。みなさんぜひ参加しましょう!(S)















この日も、文科省前での「福島の子どもたちを今すぐ疎開させろ!」抗議行動にまず参加しました。ここでは毎回創意工夫した寸劇があります。この日も、毎日新聞で暴露された福島県民健康管理調査の検討委員会を巡り、県が委員らを事前に集め秘密裏に「準備会」を開いて見解のすり合わせをおこなっていたことや、疎開によって体内の放射性セシウムの量が減ったという話などの劇がありました。

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首相官邸前でおち合いたい人がいたので、何人かの仲間と一足先に首相官邸前に向かいました。すでに官邸前は人波でかなりいっぱい、そのデモの最後尾に並びました。ちょっと最先頭まで行ってみようと隊列から外れて前に進んでみましたが、地下鉄「国会議事堂前」駅から流れてくる人々がたくさんで、なかなか前に進めないという状況でした。
ここが、デモの先頭です。

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そこから続く歩道上にびっしりと人々が並んでいました。

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デモコールをしている歩道の反対側にある国会の門から、バイクや黒塗りの車が出たり入ったりしていました。国会の職員や国会議員が帰るところなのでしょう。彼らは目の前の抗議の人波を見て、どんな風に感じ考えているのか。そういえばここは、あの「国会南門」。60年安保の時の激戦地で、樺美智子さんが命を落とされた所でした。

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デモ隊列の横を、ひっきりなしに人が通っていきます。そして、その人たちもデモ隊のコールと呼応してコールしたり、カスタネットを鳴らしたり、手を叩いたり、また、思い思いの手作りのメッセージボードを掲げたりしていくのです。関心しました。デモ隊のほうも一人の人が疲れると、また違う人が呼びかけコールをしたりで、全体で大きなコールを続けていくという具合でした。
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午後8時を過ぎても、財務省前(ふくしま集団疎開裁判のグループ)、経産省前もまだまだ盛り上がっていました!
経産省前では、原発反対と一体でネット規制にも反対しようと呼びかけられていました。十分な論議もなく前の国会で成立させられてしまった違法ダウンロード刑罰化とACTA(偽造品取引防止に関する協定)がインターネット利用者の表現の自由を抑圧し、ネット上の検閲だと抗議していました。これも大きな問題です。「政府のやることには必ずウラがある」肝に銘じましょう。(S)
    経産省前(午後8時30分ごろ)
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昨日(10/4)夕方、首相官邸前で、沖縄へのオスプレイ配備を許さない!オスプレイはアメリカへ帰れ!と、緊急抗議行動が行われ、約400人が参加しました。

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「オスプレイの沖縄配備に反対する首都圏ネットワーク」が呼びかけたもので、午後6時~8時まで、沖縄現地からの電話メッセージや参加者のアピールを受けながら、政府の「安全宣言」とオスプレイ配備強行を弾劾しぬきました。

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社民党党首の福島瑞穂さんも駆けつけました。

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リレーアピールでは、沖縄現地行動から帰ってきたばかりの男性が、「高江が緊迫している、駆けつけられる人はぜひ行ってほしい」と訴えました。また、沖縄出身者の方も次々アピール。さらに、「沖縄に基地が集中したのはむしろ72年の返還後であり、本土の私たちの責任は大きい」、「オスプレイ自身の危険性だけではなく、戦争体制が強まっている」等々、真剣な意見が出され、こうした運動をさらに続け強めていこうと確認されました。
ヤンバルクイナの形をしたものをかぶって高江の座り込み支援を訴える人も。

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途中で、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック代表が「抗議文」を読み上げ、内閣府の職員に渡しました。
「沖縄を犠牲にする権利はない。沖縄のことは沖縄が決定すべきであって、日米政府から強制されるいわれはない。オスプレイの沖縄配備は直ちに撤回し・訓練は中止せよ。」(抗議文より)

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