とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

2011年04月

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http://www2u.biglobe.ne.jp/~hyakuman/bira.htm
 東京、首都圏、そして全国の皆さん。「とめよう戦争への道!百万人署名運動」が主催する「原発なくせ! 被災地支援! 4・29安保・沖縄・憲法集会」は、非常に重要な取り組みとなりました。集会後は「原発廃止、新基地阻止」を掲げてデモ行進します。各地からの結集をあらためて訴えます。
 百万人署名運動は3月5日に全国連絡会代表者会議を開き、4・29集会で運動の新たな出発点を築こうと決意しました。昨年11・23の延坪島砲撃戦という戦争情勢にしっかり向き合い、米日(韓)による朝鮮侵略戦争を絶対に阻止しよう、エジプト革命に連帯して安保・沖縄・憲法闘争を徹底的に闘い、その展望を切り開こうと確認しました。そうした中で「3・11」が起こり、情勢が一変しました。この情勢の中で議論をつくし、必死に闘いながら方針を定めていく。4・29集会はその重要な討論と実践の場となりました。
 4・29集会は当初、「4・28沖縄デー」の安保・沖縄闘争として設定されました。それは3・11情勢の中でますます重大になっています。
 震災を口実に日米同盟の有事体制が本格的に発動されました。その中で普天間基地の強化、新基地建設の強行、沖縄闘争圧殺が狙われています。いまこそ普天間基地撤去・辺野古新基地建設阻止の闘いの旗を全力で振っていくことが絶対に必要です。

 そのうえで、反原発・核武装阻止に総決起することが必要です。4・29集会の課題は、政府・財界の「原子力政策」、原発事故対策への怒りを爆発させ、戦争への道を阻止するために、労働運動をはじめ全民衆の中に反核・反原発闘争を復権させる出発点をつくることです。すでに始まったヒロシマ・フクシマ発の反原発署名運動を軸にして、新たな構想を持ってともに取り組みを進めていくことです。
 福島第一原発は再臨界が起こっているとも言われ、危機は進行しています。震度5~6の強い余震も続き予断を許さない情勢です。この中で被災者や避難民の怒りは限界に達しています。4月10日の杉並・高円寺では、1万5千人の若者・青年が反原発デモに結集しました。
 しかし世界の大国は、世界大恐慌の危機から逃れて延命するために、原発推進政策に転換しています。とくに日本政府と財界は、原発輸出を「新成長戦略」の中心にすえ、「原発立国計画」を打ち出して、原発の新設・増設をなんとしても推進しようとしています。「謝罪」会見の中で東電社長は、柏崎刈羽原発3号機の再開を発表しました。本当に許せません。原発事故の多発を絶対に許してはならないのです。一切の責任を政府と東電・財界にとらせなければなりません。

 日本で「原子力政策」を最初に推進してきたのは、読売新聞社社長だった正力松太郎と、科学技術庁長官だった中曽根康弘です。原発は日本の核武装化政策であり、まさに日本資本主義そのものを意味していました。それを歴代政権はひきついできました。これに協力してきたのが「原子力の平和利用」を掲げてきた日本共産党であり、電力総連と連合でした。反核・反原発の闘いはまさに根底的闘いであり、首切りと侵略戦争の根源である資本主義を打ち倒し、この社会を根本的に変革していく闘いそのものです。
 4・29集会デモの大成功をかちとり、すべての原発を今すぐ止める運動の出発点にしましょう。安保・沖縄闘争、裁判員制度廃止闘争、改憲阻止闘争の高揚を切り開き、菅政権を打倒し、朝鮮侵略戦争を阻止する力を拡大しよう! 多くの皆さんの結集を訴えます。

今朝の朝日新聞の東芝・佐々木則夫社長のコメント記事を読んで、怒り心頭に発しました!!!

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 世界初の大規模原発事故を起こした福島原発を建設し、現在大気に出続けている危険な放射能を止めることすらできず、日々数10万、数100万の人々の命と健康を危険にさらしておきながら、原発をさらにつくり続けると宣言するとは!どういう神経をしているのか!?
 でも、確実にそう考えている人々がいる、ということをこの記事は示しています。それは、なぜか?佐々木社長の言葉で言えば、原発事業は「経営の柱」であり「関連売上高を1兆円に倍増する計画」だからです。
 利潤追求の資本主義の競争原理が、安全を無視し抹殺し、もうけにもうけて、行き着いた先が福島原発の大事故―恐るべき放射能汚染の拡大なのです。
 そして、中曽根康弘を筆頭に歴代の政府は原発を推進し、国会、裁判所はこれに全面協力して来ました。なぜか?原発推進政策で核爆弾の材料である高純度のプルトニウムを生産・蓄積できるからです。
 だから、こうした人々、菅政権も大資本も、「すべての原発を止める」とは決して言いません。ここに根本的な立場の違いがあります。若者や労働者、農民、漁民、住民の「原発止めろ!」の叫びは、もうだまされない!という根底的な怒りの爆発であり、国や資本に真正面からぶつかっていく闘いだと思います。
 東芝と佐々木社長はもうけた分だけでなく全資産を被災地・被災者救援に直ちに投ぜよ!!(S)











 4月10日(日)、午後、東京芝公園で「浜岡原発すぐ止めて!」の集会・デモがあり、参加しました。主催は、浜岡原発を考える静岡ネットワーク、福島老朽原発を考える会、たんぽぽ舎、原子力資料情報室等々が呼びかけた実行委員会です。3月11日の震災と津波で破壊された福島第一原発1~4号機が日々刻々と最悪の事態に向かっている中での抗議行動だったので、主催者の予想を超えて2500名余の人たちが集まりました。

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 同時刻に高円寺でも若者たちが呼びかけたデモがあり、そちらも主催者の予想をはるかに超える1万5000人が集まりました。「みんなで日本を変えよう!」と多くの若者が初めてデモに参加しました。若者たちの怒りとエネルギーに、「体制を変えろ!」とタハリール広場に集まったエジプトの若者・青年労働者の姿を思い起こします。(ユニオンチューブ http://video.labornetjp.org/Members/akira/videos/0410demo.wmv/view) 

 芝公園の集会は、浜岡原発の差し止め訴訟をしているグループが中心になって進められました。浜岡原発(静岡県御前崎市)は東海地震の予想震源域にあります。活断層の上にあるのに反対を押し切って建設され、事故の多発、耐震性のないこと、津波への対策がほとんどないことが指摘されていました。中部電力は福島原発の大惨事が起こってからやっと、12m以上の防波壁を作る計画を発表するしまつです。

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 福島老朽原発を考える会から福島原発の現状が報告されました。「この期に及んでも修復できるかのように言ったり、汚染しても水で洗えば大丈夫だとか、いい加減なことを言っている。内部被曝と向き合い、闘っていくのはこれからだ。政府に責任をしっかりとらせていこう。海へ放射能の水を流し魚の汚染も始まっている。原発はもういらないと漁民たちは怒っている。私たちはともに闘い、原発は直ちに止めろと闘っていく」と。
 また、ドイツ文学者の池田香代子さんも名古屋で高校生として浜岡原発を闘った女子大生と共に菜の花を持って発言に立ち、“菜の花革命”と称して、「革命に比する大改革やるときだ」とアピールしました。

斎藤和義さんの「みんなウソだった」も歌われていました。
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 デモに出発。途中、経済産業省前で原発やめろ!ウソをつくな!のシュプレヒコール。中部電力東京支社(日比谷公園脇の東京新聞社となりのビル)には気づかず(‐‐)、東電本社の前で怒りのシュプレヒコールをあげました。

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 東電前は警察が固め、東電前では一歩も立ち止まらせませんでした。
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デモは外堀通りに出て、数寄屋橋交差点、東京駅前を通り常盤橋公園で解散しました。
 浜岡原発を撤去させ、全ての原発を撤去させるために闘いましょう。(T)












 4月10日(日)、2011年「4・9反核燃の日」全国市民集会が、青森市で開催されました。主催は同集会実行委員会。震災・福島原発事故を理由に各地で集会・デモが中止されている中、今こそ反核、反原発の闘いをやらないでいつやるんだという主催者と参加者の熱気がみなぎる一日の闘いでした。
 集会に先立つ午前中のデモには約70人の労働者・市民が参加し、「全ての原発を今すぐ止めろ!」「国と東電はすべての責任をとれ!」「核燃料サイクル絶対反対!」「再処理工場稼働させるな!」「大間原発建設阻止!」とシュプレヒコールを上げ、デモ・パレードをしました。

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 市内は日曜日だというのに全くと言っていいほど人が歩いていません。商店街はシャッター街と化していました。すでに震災解雇が始まっていますが、これからとんでもない大恐慌列島の現実が迫ってくることを示してるのでしょうか。それでもデモ参加者は、元気な青年のコールに合わせて、声を張り上げて最後までデモを行いました。数少ない通行人に向かって一生懸命、メッセージボードを向けている年配の方が印象に残りました。

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 午後からの集会には、新聞に掲載された開催の知らせを見て来た人も多く、150人の参加がありました。核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団代表の浅石弁護士が、「誰が加害者で誰が被害者なのか明らかになった。テレビを見ていると腹が立つ。『ウソつき』とみんな思っている。原子力に頼らない社会をつくっていきたい。」と開会あいさつ。原子力資料情報室の伴共同代表が、『原発震災-2011年3月11日、福島第一原発壊滅―』と題して講演し、質疑・討論が行われました。

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 その中で焦点になった一つは、「福島原発の見通し」です。テレビではもう福島原発の最大の危機は脱したかのような雰囲気になっているが、そうではなく、きわどい状況が続いている。溶けた高熱の燃料が下に落ちて一気に大量の水とふれ合い水蒸気爆発を起こす最悪の事態が起こる恐れは続いている。しかも、一つがこの爆発を起こせば多量の放射性物質が放出され、1~4号機も近寄れないことになり、冷却対応ができなくなり次々と爆発する事態になる、ということです。NHK解説でも「安定まで数ヶ月から1年はかかる」と言われていましたが、その間、この最悪の事態へ至る可能性がずっと続くという意味なのです。
 さらにもう一つは「廃炉までの過程」。これは燃料棒を冷却し取り出すまでにチェルノブイリの例では10年かかり、それから石棺化するのにさらにかかる。数十年の閉じ込めと監視。聞いていて本当に誰がこんな物をつくったんだ!という怒りがこみ上げます。
 集会では、青森、函館、大間原発建設予定現地、岩手三陸、宮城の各地から報告が行われました。大間原発建設予定地で立ち退きを拒否し闘っていた母親の家と土地を守っている女性は、涙を流して「大震災に心が痛む。起きて欲しくなかった事故が起きた。今回の事態は人災だ。政府・東電・政治家の責任は重い。」と訴え、三陸の海を守る会の方は、「仲間がまだ行方不明。『三陸の海を守る』から『世界の海を守る』へ。共にがんばろう」とアピールしました。宮城からの参加者したグループも仲間が流され、会社が潰れ遠方に非難している仲間がいると。
 集会は、「青森県内の原子力施設の運転・建設の中止を求め、次いで全国の原子力施設の運転・建設の中止に全力を挙げて取り組む」と決議する集会アピールを採択し閉会しました。
デーリー東北(4月11日朝刊)
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 私たち百万人署名運動・青森県連絡会の仲間は、集会全体の運営を担って闘いました。震災と福島第一原発事故に団結を固めて対決し闘う福島の仲間からのアピール、8・6-8・9実行委の連帯アピール、「生きぬくために闘う!東日本大震災救援対策本部」ニュースをすべての参加者に手渡し、反戦・反核、反原発、被災地救援を共に闘うことを訴えました。
 集会では、「原発の停止要求と同時に、二酸化炭素削減の対案プランの提出で自然エネルギーへの政策転換を!10年で脱原発できる」という議論もありましたが、核武装を絶対に手放さない日本政府、そして軍需産業・電事連の支配を労働者民衆の手でぶっ飛ばさない限り止まりません。全国の仲間のみなさん、ともに闘いましょう!(青森県連絡会・H)

●「4・9反核燃の日」について
 1985年4月9日、当時の北村知事は県議会全員協議会で、核燃サイクル施設の受け入れを表明しました。前年、電気事業連合会から立地要請を受けて、1年を経ずに受け入れたことに、青森県民は怒りの集会を開きました。
 あれから26年目を迎えようとしていますが、再処理工場は未だに竣工の目処が立っていません。














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アーティストの斉藤和義さんが、Youtubeに自身の曲をカバーした楽曲を投稿し話題を呼んでいます。公開した曲は、自身の曲の歌詞を変えたもので(資生堂のコマーシャルなどにも使われている「ずっと好きだった」を「ずっとウソだった」に)、原発事故を強烈に批判する内容になっています。Youtubeの動画の削除依頼はビクターエンタテインメント株式会社より行われたようですが、コピーがあちこちに出回っています。

自らがアップしたもののコピー


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ユーストリームで生ライブ中に…



また、上杉隆という自由報道協会の方が、政府・東電のウソ、計画停電の大嘘と陰謀など、リアルで薄汚い現実だったとわかる話を語っています。ちょっと長いですが、これは必見の報告だと思います。



















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