都教委の「10・23通達」(2003年)から始まった「日の丸・君が代」不起立・不斉唱・不伴奏の教職員への不当処分に抗議して、翌年8月から毎年たたかってきた都教委包囲行動は今年で6回目。28日午後3時からの都庁第二庁舎前集会には約250名の被処分者、教職員、市民が集まりました。
 毎年、卒入学式での不起立で処分された教職員のみなさんは、その都度、その処分撤回を求めて人事委員会提訴、さらに裁判闘争をたたかっています。数え切れないほどのたくさんの裁判―予防訴訟の会、被解雇者の会、再任用拒否を撤回する会、解雇させない会、処分撤回を求める会、さらに不当判決を受けた渡辺厚子さん、藤田勝久さんらの発言が続きました。

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 何人かの人と一緒に裁判を闘ってきたAさんは、「ひとり一人が違う怒り・思いを持って不起立していることがわかってうれしかった。小さな喜びは人間の力になる」「学校の中では言えたが、おかしいことにはおかしいと地域住民の中で言えるかどうか。これはなかなかできないが、言っていこう」と。根津公子さんは「学校では、ものが言えない状態が日常化している。若い人たちに何を残していけるか。しっかり行動することで形に残してつなげていこう」「大勢の人が立ち上がったことによって、私の免職をとめることができた。ひとり一人が立ち上がることによって、今の状況を打破していこう」と訴えました。

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 4時からは、二手に分かれて都庁の中へ。一つのグループは知事室へ。もう一つは都教委の人事課へ。知事室に行った仲間は「知事に会いたい」と申し入れましたが、秘書課管理係長が出てきて「アポがなければ会えません」と。ひとしきり押し問答の末、別室へ。責任ある人が対応せよとの再三の申し入れにやっと副参事官がでてきたそうです。都知事は即刻辞めるべし、という要請書と、「日の丸・君が代」処分撤回の要請書を読み上げ、知事に必ず伝え返事をするよう約束させて手渡しました。
 教育委員会人事部を直撃したグループの方は、すでに待ちかまえていた職員・ガードマンの人間の壁で部屋には入れず。まずこのような対応はおかしいという抗議から始まりました。「処分担当部署に話しを聞きに来た。政策担当者と話しをさせてほしい」「開かれた都教委、というが、話しに来た人の思想・心情で差別するのか」。しかし、入口の外に立っている人も、中で立っている人たちも、みんないつも付けている名札をはずし、一切「見ざる・言わざる・聞かざる」に徹していました。都教委に来るといつもまのあたりにするこの光景ですが、権力機構の一環の歯車となって疑問もなく動いている人たちに、思わず「おかしいことにおかしいと言わないと、あなたも共犯者ですよ」と言ってみました。ピクリともしない若い職員の顔を見ながら寒々しい思いがしました。

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 結局、担当部署の扉は開かず、いつものように教育情報課が用意した部屋で、一般の「苦情処理」と同様の扱いを受けました。この窓口を通した要請・質問への回答はいつも同じで「回答を差し控える」です。私たちはこれでは回答になっていないと抗議。この教育情報課ができたころは、こうした話し合いの場に担当所管の責任者が直接出てきて対応していたのに、いつの間にかそれがなくなってしまったのです。そのことを追究しましたが、この日も情報課長は「この仕組みは変えない」と居直りました。

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