3月21日(木)朝9時から、衆議院で今国会2回目の憲法審査会が開催されました。今回のテーマは「第3章 国民の権利及び義務」と「第4章 国会」で、「第1章 天皇」と「第2章 戦争の放棄」を取り上げた前回と同様に、それぞれ衆議院法制局からの説明、各会派の代表者からの意見表明、自由討議の順に、およそ1時間30分ずつの審議が行われました。

今回の出席者は一時的に40人を超えたこともありましたが、概ね30人台で推移しました。開会時に笠井亮氏が「自民党、いないじゃないか」と叫んだように、欠席者のほとんどは自民党の委員でした。傍聴者は、私たち百万人署名運動の3人を含めて35人ほどだったでしょうか。今回も憲法調査会時の会長だった中山太郎氏が、傍聴席ではなく委員たちと同じフロアで傍聴しており(誰がどういう根拠でそれを認めているのか、不思議に思います)、多くの委員があいさつをしていました。

異常なスピードで進む各章の検討
議論の中身の紹介に入る前に、まず、審査会の進め方の異常さを指摘したいと思います。前回と今回で取り上げられた4つの章は、日本国憲法の三大原則である国民主権、基本的人権の尊重、平和主義に直接的に関わっています。また、今回議論された第3章は第10条から第40条まで31か条、第4章は第41条から第64条まで24か条から成り、両者で55か条、日本国憲法全103か条の半分以上を占めています。つまり、質的にも量的にも重要な憲法の各章についての検討が、流れ作業のようにどんどん片づけられていっているわけです。

改憲派の勢力増大を示した第3章の議論
第3章をめぐる議論では、改憲の必要性を強調する意見が目立ちましたが、その発言者は自民党の委員だけではありませんでした。すなわち、自民、維新、公明、生活の各党(4党の委員数は計41名で、審査会の8割以上になります)がこぞって「環境権」や「プライバシー権」、「国民の知る権利」、「犯罪被害者の人権」、「生命倫理」等について言及し、改憲またはその検討の必要性を主張しました。
また、自民、維新、生活の3党は「家族」の保護・尊重を規定すべきだと述べたり、「政教分離」原則を緩和して地鎮祭での玉串料の公費支出などを容認すべきだと表明したりし、自民党は「外国人参政権」を認めないことを明記すべきだとも主張しました。
これに対して、共産党は新しい人権は現行憲法を根拠とした解釈や立法で具体化できるとして改憲の必要性を否定したほか、民主党は新しい人権の重要性に触れながらも「法律のレベルで対処可能なものがほとんどである」として、また、みんなの党は「国家権力のあり方を制限的に規定するのが憲法である」として、それぞれ第3章関連の改憲には慎重な立場を表明しました。生活の党も「国防の義務や投票の義務など国民の義務を新たに憲法に明記すべきではない」と発言しました。

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それにしても、自民党の委員の「権利は多く規定されているが義務は3つしか規定されておらず、こういう状況が権利を優先する戦後の社会をつくってきた」(船田元氏)とか、「個人の基本的人権を尊重するあまりに日本社会には利己主義が広がっている」(保岡興治氏)といった発言には、本当にうんざりさせられます。
そして、もっとたちが悪いのは、「ネット上での中傷や集団いじめ」等を挙げて「社会的活動や結社は、その目的によっては一定の制限をかけることも検討すべきだ」(中谷元氏)と言ったり、「家族の重要性は『世界人権宣言』にも規定されている」ことを持ち出して「家族条項は大切だ」(西川京子氏)と述べるなどのすり替えやごまかしです(『世界人権宣言』には「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」と規定されていますが、自民党改憲草案にある「家族は、互いに助け合わなければならない」に類することはもちろん一言も書かれていません)。
また、三木圭恵氏(維新)からは、「国を守る義務を規定すべきだという議論を党内でしている」という発言がありました。

こうした聞くに堪えない与太話に対して、笠井亮氏(共産)はいまだに将来への展望が持てない福島原発事故の被災者、大量解雇や雇い止めに苦しむ非正規雇用の労働者の事例を挙げながら、基本的人権が十分に保障されていない現実こそ改められなければならないと指摘し、生活保護制度の運用実態や改悪の動き(窓口での排除や保護費の削減)を批判しましたが、鈴木克昌氏(生活)も非正規労働者の問題を取り上げ、大島敦氏(民主)がそれに賛同した以外には議論は深まらず、まさに多勢に無勢という感じでした。

なお、自民党は「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に置き換えて、基本的人権が制約される範囲を人権相互の衝突の場合以外にも拡大すべきだとし、維新もほぼ同様の主張をしていますが、笠井亮氏(共産)は「国家が公益及び公の秩序を人権より上位に設定して、人権を不当に制限する」ことに反対し、山口壯氏(民主)は「公共の福祉」というあいまいな概念を公権力が恣意的に解釈することによって個々の人権、特に内面的自由の確保を核とする自由権が制約されることを排除するため、より明確な根拠を「新たに明文で定める価値があると思う」と述べました。(つづく)