とめよう戦争への道!百万人署名運動

署名運動をとおして、改憲・戦争への道を許さない闘いを全国的に広げていきます。

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 10月15日、沖縄から9.29県民大会実行委の要請団が沖縄出身国会議員やマスコミ関係者も含めると約200名で大挙上京しました。あいまいな態度を続ける政府・文科省へ「検定撤回!記述回復」を直訴するためです。仲里沖縄県議会議長を代表とする上京団は羽田空港から大型バス3台で、ただちに首相官邸に向かい、15日、16日の2日間、政府・文科省、全政党、全国会議員、教科書会社へと精力的に「軍命削除」検定の撤回を訴えて回りました。沖縄から10度以上も低く寒い東京で、しかし、中央政府に体当たりしていく上京団の姿は沖縄県民大会の熱い反戦・平和への思いそのものでした。
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 百万人署名運動も連帯して、在本土沖縄労働者やワーカーズアクションの仲間と共に、文科省最寄り駅の東京駅や国会前で連日のビラまき・アピール行動に立ちました。

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 15日の夜、上京団を迎えて開かれた「教科書検定意見撤回を求める10・15総決起集会」(永田町・星陵会館、主催:東京沖縄県人会・沖縄戦首都圏の会)には650名が参加しました。
 発言にたった沖教組の大浜委員長は、3月30日の検定結果発表後、ただちに高教組と「沖縄から平和教育をすすめる会」の3者で抗議の記者会見をし、ここが小さな火種となって、41全市町村への検定撤回の意見書採択の依頼や「撤回」要求署名に取り組み、労働者・市民の6・9県民大会(3500人)を実現したこと。これが大きな力となって、ついに9・29県民大会の12万の大きな輪になっていったのだと発言しました。
 また、高教組の松田委員長は、間違っていることを正さなくていいのか、それができないとなれば政治システムそのものを問わざるをえない。私たち主権者が声をあげることによって、間違った政治を変えることが可能だということを示していこう、と訴えました。 
 
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 この集会で、百万人署名運動の呼びかけ人でもあり、元ひめゆり学徒の上江田千代さんが自らの体験を語られました。沖縄戦の様子が目に浮かぶようでした。

15日の首相官邸での面会は大野官房副長官で、「要望をしっかり受け止める」と言うだけに留まったそうです。しかも、面会人数を11名のみと制限し、残りは門の外に待たせるというひどい対応でした。また、池坊文科副大臣も「十分に反省する」とは言うものの、文科省が責任をとって撤回するとは決して言いません。16日に文科省へ申し入れに行った沖縄県人会の人たちに対して文科省は、中にも入れようともせず頑なな対応だったそうです。
 しかし、16日の上京団の報告記者会見で仲里実行委員長は、「検定意見の撤回・記述の回復は県民の総意であり譲れない。何回でも政府に要請に来る。」「子どもたちに疑いを持たせているのに、あえてなぜ4月から変えなくてはならないのか。この問題の決着がつくまで変える必要なし、今までの教科書でよい。」と力強く言い切りました。
 また、全政党への要請行動では、自民党の他はすべて党首らが対応し、今後さらに取り組みを強める言辞があったこと、教科書会社5者も「要請に十分応えたい」と対応したことなども報告されました。
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記者会見後の上京団の集会では、参加した議員、労働者、市民が異口同音に、沖縄のたたかいに誇りを持ち、この団結をさらに強めて明確な白紙撤回をかちとるまでがんばろうと誓い合いました。
国会前で連帯してたたかいぬいた仲間たちは、小雨がぱらつく中、「沖縄県民と共にたたかうぞ!」「共にがんばろう!」とエールを交換しながら、空港に向かう上京団を見送りました。
沖縄行動団の上京にぶつけて、10月15日、「新しい歴史教科書をつくる会」など自由主義史観グループが、国会議員会館内で集会を開き、9.29県民大会を誹謗し、政府に「検定撤回に応じるな」と泣きつきました。その姿は、今回の教科書検定意見が安倍政権下でいかに卑劣に作り出されたのかを如実に示しています。開始された沖縄のたたかいに続いて、全国で、「軍命削除」検定撤回!の声を巻き起こしましょう。私たちの本気の行動で戦争への道をとめよう!
 

「新テロ特措法」の制定に反対するビラをつくりました。
「緊急署名」用紙については近日中にアップします。
福田政権は17日に閣議決定、18日から衆院で審議を開始する構えです。
ビラ、ノボリ旗、緊急署名を持ってどんどん街頭宣伝に立ちましょう。
ビラのダウンロードは、こちら↓
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hyakuman/bira.htm

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教科書から、沖縄戦「集団自決」への日本軍の強制性を消し去ろうとする文科省検定に対し、沖縄でついに怒りのマグマが炸裂した。沖縄中部宜野湾市にある宜野湾海浜公園に、9月29日午後、沖縄各地からひたひたと途切れることのない人並みが続いた。沖教組、高教組、県職労、各市職労、医療労働者、全港湾、保育園労働者、連合沖縄、バス労組、花柄制服のバスガイドさんも仕事を終えてかけつけた。高校生、お年寄り、車椅子の人、家族連れ、名護市議会、各市議会、PTA連合会、伊江島土地を守る会、辺野古命を守る会などなど、「創価学会」のノボリもあった。95年少女暴行に抗議する県民大会を上回る大結集となった。

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 百万人署名運動も、「沖縄の会」と全国から参加した仲間で歓海門近くで9条改憲反対の署名活動をおこなった。沖縄戦の悲劇を二度とくりかえしてはいけない、二度と戦争をしてはならない、沖縄はどこよりも憲法9条を大切にしてきている。戦争の中で軍隊が住民に何をしたのか、県民の4人に1人が命を奪われた沖縄戦、その多くが日本軍によって強制されたものだった。その中で「集団自決」の悲劇も引き起こされた。
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 集会開始の午後3時には、もう会場はいっぱいになっていた。壇上には多くの市長・議員らが並んでいたが会場中程まで行くとそれも見えなくなる。すぐ横に大型画像が映し出されていたが会場後ろからはそれも見えない。ひっきりなしに人々が集まってきていて、海浜公園のまわりは立ち見になり、さらにその外側の芝生に多くに人々が座り込んだ。そこからは何も見えない、マイクの声が聞こえるだけだ。けれども人々は一心に集会に参加していた。その集中性には息を飲むものがあった。
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 戦争体験者の証言には「集団自決」の体験者の吉川嘉勝さん(渡嘉敷村教育委員会委員長)が立ち、「天皇陛下万歳」の村長の合図で手榴弾があちこちで爆発し「集団自決」が始まったこと、日本軍の命令・強制・指示などがなければあのような惨事は起こらなかったと証言した。最後に参加者全体で検定意見の撤回、真実の教科書記述復活までがんばろうと強く確認した。この日は、同時に宮古と八重山でも郡民大会がかちとられ、全体で11万6000人が参加した。
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日本政府は、筆舌に尽くしがたい大変な戦争被害を受けた沖縄に、その後27年に及ぶ米軍支配下を強い、1972年復帰後も基地の島としての現実を変えようとはせず、今また辺野古に新たな米軍基地建設を強行しようとしている。そして今回の「集団自決」への「軍命」削除策動。沖縄の怒りは私たちにも向けられている。今回の文科省検定は戦争賛美の「つくる会」教科書グループの策動と連なっている。沖縄の闘いに連帯し、教科書検定撤回を全国の力で何としても実現しよう!
 

 「パトリオットミサイルはいらない!第1回市民統一行動」の報告です。主催は「パトリオット・ミサイルはいらない!習志野基地行動実行委」でした。同事務局の方の報告メールを一部修正して掲載しました。

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 9月30日、強い風雨のなか、150人の方の参加で集会と津田沼駅前と習志野基地周辺のデモが行われました。
 集会開始前から、津田沼駅前と周辺地域、集会場に、10台の右翼の宣伝カー・乗用車での執拗な妨害がありましたが、これはむしろ市民の注目を高める役割を担ってくれました。また、集会参加者のみなさんの毅然とした対応で、パトリオットミサイルの配備に賛成する右翼と、反対する実行委の振る舞いの違いが浮き彫りとなりました。

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 デモには、沿道から一緒にシュプレヒコールをする人や、「頑張って」と声をかけてくる人、手を振る人など、とてもたくさんの方たちの好意的な反応がありました。
 集会は、昨日11万6000人が集まった沖縄県民集会(宜野湾市にて開催)と連帯した集会として行われました。

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 本集会に、以下の方からメッセージが寄せられました。川田龍平さん(参院議員、薬害エイズ訴訟原告)、糸数慶子さん(参院議員)、山内トクシンさん(参院議員)、伊波洋一さん(沖縄県宜野湾市長)、知花昌一さん(沖縄県読谷村議、反戦地主)、福嶋瑞穂さん(社民党党首)、ZAKIさん(自給自足ミュージシャン、石垣島在住)。

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 この間の、防衛省ヒアリングなどから、習志野基地への配備は年末と思われます。3月に既に配備された入間(埼玉)、移動訓練がもくろまれている東京、年明けに配備と思われる武山(神奈川)、3月に配備と思われる霞ヶ浦(茨城)の実行委の方たちとも連携し、1都4県の運動をひろげていきたいと思います。


―兵庫県連絡会からのお便りです―
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 「憲法改『正』を、内閣の第一の政策とする」と言っていた安倍政権は、憲法改悪、年金・福祉・雇用を破壊し、「美しい国=戦争ができる国」をすすめようとしたことに、労働者・市民の激しい怒りをうけ「打倒」されました。
 しかし、代わって登場した福田政権も、その道をなんら変えていません。憲法について問われた福田首相(総裁候補当時)、「改憲は、イエスでありノ-である」(民意の激しさに、様子をみながらやる、ということ)と、改憲に変わりがないと発言しました。
 集会は、こういう動きに、「ぜったいにとめよう憲法改悪、9条変えるな!百万人署名運動を強めよう」という趣旨。賛同人の方々で、これまで集会等に来られたことがなかった人たち、新しい賛同人、HPや新聞の案内を見てきた人など新しい仲間を増やし、2年目の署名運動をスタ-トさせました。
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 憲法調査会や委員会のある日は毎日、国会を傍聴しつづけ、「憲法改悪」のねらいを注視しつづけてきた西川重則さんが、「アジアとつながる日本-憲法・靖国・教育-」として講演。西川さんは「国家にとって靖国は『戦死者を英霊とする』必須のもの。それなくて戦争はできない。そして憲法改『正』の根本は9条2項。2項を『戦力を保持する』と変えることに最大の眼目がある。これを変えさせない大きなたたかいが、いま」と話しました。
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 劇団水曜日による構成劇『海をこえてつながる私たち』―。朝鮮高校の女生徒に「あんたら!朝鮮へ帰れ!ウチは朝鮮が嫌いなんや!」という日本人女性の言葉。それを出演者と会場でいっしょに考えました。役を演じた女性「何回やっても、一幕目がつらい…」と。
 アンケ-トでは「西川さんのお話、劇ともに薄っぺらなイデオロギ-でなく、事実を重ね考えさせられ、よかった」「判りやすく、何か行動しなければ思った」という感想がほとんどでした。署名は、全国約22万筆、この日、兵庫は1万筆を突破しました。次は2万、3万を目標に。

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